ポコポコちゃんのブログ
ネット記事をひろい集めたブログだよ

朴槿恵の崔順実の崔太敏の大韓救国宣教団のセマウム奉仕団はオウムとなんか関係ありそう!

第1回セマウム祭典
http://japanese.joins.com/article/052/222052.html?servcode=200§code=200

パクチョンヒの作ったKCIAと笹川財団が共同で作ったのが、日本と韓国と台湾を結ぶ白い粉ものを売買する暴力団の連合組織である『国際勝共連合』です。日本において、この組織の手打ち式が行われたのが、モーターボート競争の訓練施設がある本栖湖でした。 そこにオウム真理教の『サティアン』が作られたわけです。

チェ・スンシル国勢介入疑惑の背景(前編) 不正の始まりは朴正煕軍事 ...
freedom-cult.cocolog-nifty.com/blog/2016/11/post-eead.html
1 日前 ... 1975年4月 チェ・テミンが「大韓救国宣教団」を設立し、翌月に開催した「救国祈祷会」、6月の「大韓救国十字軍」創軍式など ... 金載圭中央情報部長は10・26事件後に裁判所に提出した控訴理由補充書の「救国女性奉仕団と関連した令嬢の ...
http://freedom-cult.cocolog-nifty.com/blog/2016/11/post-eead.html

チェ・スンシル国勢介入疑惑の背景(後編) 隠遁生活から大統領の道へ
http://freedom-cult.cocolog-nifty.com/blog/2016/11/post-4d3b.html

北風と太陽 
牧師さんそして良きアドバイザーに恵まれ、家族だけの話し合いで統一教会から娘を救出した体験を持つ父親kokoroのブログです。統一教会被害者名古屋自助グループ会員。

≪ 日帝下の韓国教会と異端・・卓志一 現代宗教2009年12月号より翻訳  | トップページ| チェ・スンシル国勢介入疑惑の背景(後編) 隠遁生活から大統領の道へ ≫
2016年11月 2日 (水)
チェ・スンシル国勢介入疑惑の背景(前編) 不正の始まりは朴正煕軍事政権時代
チェ・スンシル国勢介入疑惑の背景(前編) 
               朴正煕 朴槿恵 チェ・テミン
父・チェ・テミンの不正の始まりは 朴正煕軍事政権時代
             時代
1912年 崔順実(チェ・スンシル)の父・崔太敏(チェ・テミン)は黄海道で生まれ、植民地時代に警察業務を遂行したといい、解放後、僧侶になったという。
1952年 2月 朴槿恵(パク・クネ)誕生
1956年 6月 崔順実(チェ・スンシル)誕生
1963年 12・16朴正煕軍事クーデター
1970年代初め 崔太敏(チェ・テミン仏教・キリスト教・天道教を総合しながら「永生教」を創始して教主になった。のちに、永生教の看板を下ろした。
1974年 8月 朴槿恵の母・陸英修暗殺される。チェ・テミンが朴槿恵に一通の手紙を送る。それが洗脳の始まり。
1975年4月 チェ・テミンが「大韓救国宣教団」を設立し、翌月に開催した「救国祈祷会」、6月の「大韓救国十字軍」創軍式などに朴槿恵が出席した。
1976年 朴槿恵はチェ・テミンがいくつかの団体を統合して設立した「セマウム奉仕団」の総裁となった。
1977年9月 チェ。テミンが、金載圭(キム・ジェギュ)中央情報部長の報告で朴正熙大統領から不正容疑などで直接尋問を受けるが、処理されず。

1979年6月 「第1回セマウム祭典」(行事でチェ・スンシル氏が朴槿恵に密着随行する姿が入った映像を公開されている。)
1979年 チェ・スンシルはドイツに留学
1979年10.26 朴正煕、金載圭(キム・ジェギュ)中央情報部長によって暗殺される。

金載圭中央情報部長は事件後に裁判所に提出した控訴理由補充書の「チェ・テミンの救国女性奉仕団と関連した令嬢の問題」という文書で、「この問題が10・26暗殺の動機のうち間接的だが重要なもの」と明らかにした。
/////////////////////////////////////////////////////
             解説
下手な私の解説よりも、ネットニュースの「もっと、コリア」が、母親を暗殺され、その心の寂しさに付け込んでゆくチェ・テミンのカルト的手法にも触れているので、紹介させて頂きたい。

それと、このレポートのもう一つ重要な点は、今の大統領府の機密漏えい事件よりも遥か前、すなわち朴槿恵の父・朴正煕が暗殺された1979年、逮捕された中央情報部長・金載圭(キム・ジェギュ)の大統領を殺したかった理由の一つが、チェ・テミンの不正をもみ消したことへの恨みもあったことが浮き彫りにされています。
今の日本の報道では、なかなかそこまでは取り上げられませんが、この事実を見る限り、当時弱小宗教だった統一教会やチェ・テミンの宗教が、社会的問題を起こしながらも生き延びてきている大きな要因は、反共救国の旗を掲げて朴政権はもちろん、その後の韓国の政権と深い関係を持つことができたからです。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
紹介
もっとコリア
「朴槿恵大統領の秘線実勢(隠れた実勢力)だというチェ・スンシルはどんな人物ですか?(前編)

1979年6月の写真です。インターネット媒体NEWSTAPAが発掘した第1回「セマウル祭典」の資料写真には、李明博(イ・ミョンパク)、当時の現代建設社長も登場します。当時、韓国のファーストレディ役をしていた大統領令嬢に近づきたくてもどうしても接近できず、気をもんでいる表情です。

セマウル財団の朴槿恵(パク・クネ)総裁の横にぴったりはりついて恍惚と仰ぎ見る女子学生が羨ましかったのかもしれません。令嬢の隣の女子学生、彼女こそが最近、韓国社会に地震を起こしたチェ・スンシル(崔順実 / チェ・ソウォンに改名)です。チェ・スンシルが「セマウル大学生総連合会」の会長として行事を主管したため、至近距離で総裁を補佐することは当たり前だったのかもしれません。当時、朴総裁は27歳、チェ・スンシルは23歳でした。

セマウル大学生総連合会会長のチェ・スンシルは、檀国(タングク)大学1年生の女子生徒でした。当時、韓国で中下位圏に分類されていた檀国大学の学生、それも幼い女子学生がものすごい官職の冠を被ったのです。大統領の後ろに隠れて国政を壟断した実勢の力が、その時にも感じられますね。

幼い女子学生がどのような縁で大統領令嬢の目にかなうことになったのでしょうか。彼女の父親チェ・テミン(崔太敏)のおかげと言えます。

1974年、朴正煕(パク・チョンヒ)大統領夫人の陸英修(ユク・ヨンス)が行事会場で銃で撃たれてこの世を去る前までは、チェ・テミンという名前は韓国政治史に登場していませんでした。母親を亡くした後、心に傷を負った朴槿恵に送ったチェ・テミンの手紙1枚が、韓国政治史に悲劇を追加する端緒になりました。

手紙は、「夢で亡くなった令夫人を見た。娘をよろしくと頼んでいた」という内容のものでした。夢に現れたユク・ヨンスが、「私が死んだのは、私たちの娘をアジアの指導者として育てるため」だと言ったという、母の魂に憑依されたというチェ・テミンに、大統領令嬢はすっかり惹かれました。九重宮闕に出入りして権力者を魅了する宗教人、そのためチェ・テミンには「韓国のグリゴリー・ラスプーチン(Grigory Rasputin)」というニックネームがつきました。

チェ・テミンは一言でミステリアスな人物です。警察出身の彼は仏教の僧侶になったこともあり、カトリックの洗礼を受けたこともあるそうです。1970年代には、ソウルと大田(テジョン)一帯で難病を治療するというエセ宗教行為を行ったりもしました。仏教とキリスト教、カトリック教を総合したという教義でバンミンという偽名を使いながら、自らを「檀君」、「弥勒」と呼んだりもしました。

朴槿恵の信任を得た後は、それまで渉猟した宗教を捨てて牧師になりました。牧師から按手は受けましたが、牧師になるためのコースの1つである神学校に通っていた形跡は見受けられません。そのため巷では「金で牧師職を買った」という噂も出回りました。

生前に7つの名前を持っていた彼が、テミン(太敏)という最後の名前を使い始めたのもその頃です。名前だけでなく、彼には妻も多くいました。6人の妻から9人の子どもが生まれました。その中の5番目の妻を大事にし、その中でも5番目の娘チェ・スンシルが自分の現夢を受け継いだとし、寵愛したと言われています。

大統領令嬢の後ろだてを得たチェ・テミンは、強大な力を持つようになりました。新羅ホテルとロッテホテルで毎日、政・官・財界の人事に会い、請託も受けました。

公式的な肩書きが必要だったのか、「大韓救国宣教団」を発足して自ら総裁に就任しました。1975年に臨津江(イムジン川)で開いた祈祷会の行事には2000人の聴衆が集まった中、朴槿恵も参加しました。その場でチェ・テミンの即席提案により朴槿恵は名誉総裁に推戴されました。カトリック大学の西江(ソガン)大学を卒業した朴槿恵大統領が、プロテスタントとも縁を結ぶことになった場です。

その後、朴槿恵は救国宣教団の行事に頻繁に参加し、チェ・テミンに力を与えました。救国宣教団は1976年に救国奉仕団に、そして2年後には「セマウル奉仕団」に変わります。セマウル奉仕団は、朴槿恵がファーストレディの役割をしながら積んだキャリアの中の核心であるセマウル運動の本山の役割を引き受けることになります。

大統領令嬢の名前を売って回り、あらゆる利権に介入するため事情機関はこれを黙過できませんでした。中央情報部は「工事受注」、「将軍の昇進」、「国会議員公薦」などの名目で金を受け取り、公金を横領した44件の不正項目と複雑な女性関係が盛り込まれた文書を作成しました。

このような不正が明らかになりましたが、チェ・テミンに対する本格的な捜査はありませんでした。代わりに、現代社会では見ることが難しい不思議な裁判が行われました。朴正煕大統領が直接主管した親鞫(王が親しく尋問すること)が青瓦台大統領執務室で開かれました。

原告の資格で中央情報部長、弁護人の資格で朴槿恵が同席したのです。朴正熙はチェ・テミンが再び青瓦台の近所に出没できないようにし、複雑な女性関係の芽を取り除き、チェ・テミンを去勢させるように命令を下しました。このような命令を受けた人は、中央情報部長や事情責任者ではなく秘書室長でした。

秘書室長は大統領の気持ちを酌みました。なぜ私に? そっとしておいてくれという意味のようだと感づいたのでしょう。母親を亡くし、セマウル運動という活動に心を寄せる娘を不憫に思う大統領の心思を読んだのでしょう。

死んだ人が夢枕に立つようなチェ・テミンが、まさかそのような大統領の意中を読めなかったはずがありません。彼はどんなに悪いことをしても、司法当局に連れて行かれず、大統領に親鞫を受ける人物だと鼻高々だったことでしょう。父親チェ・テミンのそのような姿が、今日のチェ・スンシルからも伺えるということが悲劇です。
(後編に続く)

////////////////////////////////////////////////////////
2016年11月 2日 (水) チェ・スンシル国政介入事件 | 固定リンク
≪ 日帝下の韓国教会と異端・・卓志一 現代宗教2009年12月号より翻訳  | トップページ| チェ・スンシル国勢介入疑惑の背景(後編) 隠遁生活から大統領の道へ ≫

「チェ・スンシル国政介入事件」カテゴリの記事
チェ・スンシル国勢介入疑惑の背景(後編) 隠遁生活から大統領の道へ(2016.11.04)
チョン・ユンフェ国政介入事件と今回のチェ・スンシル事件は無関係ではない(2016.10.31)
チェ・スンシル国勢介入疑惑の背景(前編) 不正の始まりは朴正煕軍事政権時代(2016.11.02)
日帝下の韓国教会と異端・・卓志一 現代宗教2009年12月号より翻訳 (2016.10.31)
韓国社会に垣間見る「疑似宗教」 ・・2016.10.31 korea news & joy(2016.10.31)

チョン・ユンフェ国政介入事件と今回のチェ・スンシル事件は無関係では ...
freedom-cult.cocolog-nifty.com/blog/2016/10/post-db24.html
4 日前 ... チェ・テミンは、75年4月に「大韓救国宣教団」を設立し、翌月に開催した「救国祈祷会」、
6月の「大韓救国十字軍」創軍式などに朴大統領が出席した。76年に朴大統領は
崔太敏氏がいくつかの団体を統合して設立した「セマウム奉仕団」の総裁 ...

http://freedom-cult.cocolog-nifty.com/blog/2016/10/post-db24.html

北風と太陽 
牧師さんそして良きアドバイザーに恵まれ、家族だけの話し合いで統一教会から娘を救出した体験を持つ父親kokoroのブログです。統一教会被害者名古屋自助グループ会員。

最近の記事
チェ・スンシル国勢介入疑惑の背景(後編) 隠遁生活から大統領の道へ
チェ・スンシル国勢介入疑惑の背景(前編) 不正の始まりは朴正煕軍事政権時代
日帝下の韓国教会と異端・・卓志一 現代宗教2009年12月号より翻訳 
韓国社会に垣間見る「疑似宗教」 ・・2016.10.31 korea news & joy
チョン・ユンフェ国政介入事件と今回のチェ・スンシル事件は無関係ではない
セウォル号とチョ・ウンチョン大統領府公職規律秘書官の公職追放
演出された世界日報のチェ・スンシル独占インタビュー
チェ・スンシル氏 (統一教会)宗教財団の信徒の助けを借りて逃走中
「世界経典」の真実 ②世界経典誕生の時代的背景
「世界経典」の真実 ①序奏 死んだらどうなる

はじめまして
統一教会による被害の相談窓口
カテゴリー
カルト
チェ・スンシル国政介入事件
チョン・ユンフェ国政介入事件
ニュース
世界日報
世界経典
原理講論批判
戦時下の文鮮明
新天地
日記・コラム・つぶやき
朴雲女と鄭得恩
相談会のお知らせ
統一教会 福岡裁判
説得
霊感商法

最近のコメント
kokoro on [ 訂正] 韓鶴子の「独生女宣言」を嫌い222名が集団離脱
はる on [ 訂正] 韓鶴子の「独生女宣言」を嫌い222名が集団離脱
kokoro on 豊田の殺人放火事件、知人の印鑑販売店の妻を詐欺で逮捕! 騙された方は開運商法被害弁護団までご相談ください
kokoro on 豊田市太田町の一家放火殺人事件の真相は、霊感商法に無策な日本社会の反映か!?
kokoro on 豊田市太田町の一家放火殺人事件の真相は、霊感商法に無策な日本社会の反映か!?
じじい50 on 2015韓国カルト新天地情報 ③教祖・李萬熙(イ・マニ)の女性問題裁判のとんでもない結末
kokoro on オウムを知り尽くした東大教官が新人に贈る言葉・・・JBpress4/8
kokoro on 分裂は決定的 統一教会 大混乱の中で7男亨進が合同結婚式を予定

≪ セウォル号とチョ・ウンチョン大統領府公職規律秘書官の公職追放 | トップページ| 韓国社会に垣間見る「疑似宗教」 ・・2016.10.31 korea news & joy ≫

2016年10月31日 (月)
チョン・ユンフェ国政介入事件と今回のチェ・スンシル事件は無関係ではない
不適切な関係だったチェ・テミン(チェ・スンシルの父)と若き朴槿恵 
大統領府に検察が・・・
チェ・スンシル国政介入事件は疑獄事件として、どのようにして韓国の機密情報が外部の人間に渡ったのか、一昨日、大統領府に検察が入るという前代未聞の事態となった。

時事通信・10/29
韓国検察、大統領府を捜査=捜索拒否で対立―「陰の実力者」疑惑
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20161029-00000090-jij-kr

ただ捜査と言っても、こういう資料を出してほしいといった要請に大統領府が応じるという形で、強制捜査のイメージとははるかに違う。ただ一部の秘書には家宅捜査がはいったとのこと。

なぜ、大統領が一個人に機密情報を渡したり、スピーチ原稿まで頼ってしまったのか。

朴槿恵は騒動の中で、10月25日の緊急記者会見の謝罪の場で「チェ・スンシルさんは、苦難な時に助けてくれた縁」と全幅の信頼を置いていたことを示した。

チェ・テミンと朴槿恵
故チェ・テミンには6人の妻がいて、チェ・スンシルは5番目の妻の子である。一番聡明で、幼いころから父の寵愛を受けていたようだ。
チェ・テミンは、75年4月に「大韓救国宣教団」を設立し、翌月に開催した「救国祈祷会」、6月の「大韓救国十字軍」創軍式などに朴大統領が出席した。76年に朴大統領は崔太敏氏がいくつかの団体を統合して設立した「セマウム奉仕団」の総裁となった。

実はこの「大韓救国宣教団」は、朴正煕の味方を造るために打ち出された新興宗教擁護策の一環として、大統領の肝いりで、チェ・テミンに作らせた教団といわれ、不正があっても大統領名でもみ消されたという正しく大統領の私的教団だったようだ。
もちろん統一教会もそれによって合法的に活動の場を与えられ、新興宗教に反共を掲げれば政権に擁護されるというヒントを与えてしまい、今日の韓国がカルト宗教に汚染され、統一教会が日本の政治家と結びついてゆく道筋ができてしまった時代だといえよう。

朴槿恵は朴正煕の2番目の妻・陸英修(殺害された)の長女である。

長男はEGテック会長の朴ジマン、妹に親日家で知られる朴クンリョンがいるが、

朴クンリョンは姉が大統領になった後に、文鮮明の晩年の合同結婚式に参加している。すでに結婚していて、合同結婚式の宣伝に協力した程度であるが、朴家族とカルトの蜜月さは目に余るものがある。

両親の死後、朴槿恵の寂しさにチェ一族が付け込むことは容易であったと思われる。

軍事独裁政権時代の申し子のように扱われ、民主化の進む政治から一時期離れていた。

彼女が育英会財団理事長に就任した1983年、チェ一族はこれを好機とみたことは間違いない。それ以降、彼らは今日に至るまで数百億円の資産を不法に手に入れたと言われている。

姉の朴槿恵がチェ一族に操られていることを心配して、弟の朴ジマンと妹の朴クンリョンは、1990年8月14日、ノ・テウ大統領に「お姉さんをチェ・テミンの呪いから救ってください」と嘆願書を送ったのである。

左から、長男朴ジマン、次女朴クンリョン、長女朴槿恵

カルト問題を扱われている専門家の方は、もうここでお分かりかと思うが、カルト信者に対して強硬に家族が反対すれば、それはサタンの仕業になってしまう。朴槿恵にとって、兄弟姉妹、自分に反対するものは全てサタン。

兄弟の亀裂はここで大きくなったのではないかと思われる。

朴槿恵は弟ち妹の言うことには耳を傾けることなく、チェ一族への精神的隷属状態で、国会議員、そして大統領への船に乗せられてしまったのだ。

そのオールがチョン・ユンフェであり、チェ・スンシルだったのだ。この二人、夫婦となるのだがオールの奪い合いで離婚し、チョン・ユンフェは政治の第一線から離れることになる。

チョン・ユンフェは、まさか自分が統一教会の謀略(チョン・ユンフェ国政介入事件)にのせられるとは思ってもみなかったであろう。

チェ・スンシル国政介入事件の黒幕は?

ここにきて、韓国マスメディは2年前の統一教会系新聞世界日報がすっぱ抜いたチョン・ユンフェ国政介入事件と今回のチェ・スンシル国政介入事件の関係を求めて真相を追っている。

チェ一族に乗っ取られた大統領府と、韓鶴子に代表される「統一教会」との対立という構図でチョン・ユンフェ国政介入事件を見た場合、その後の不自然な両者の融和?を嫌った何者かが、今回のチェ・スンイルへの機密情報漏えい情報を流したのではないだろうか。
その融和の象徴が、チェ・スンシルを庇う統一教会の今の姿である。

チェ・スンイルと統一教会に恨みを持つものとは、チ○ン・○ン○○?・・・。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
参照
大統領候補の朴槿恵の危うさについて、予見していたハンギョレ新聞の記事です。

[2012大統領候補探求] 朴槿恵①独裁者の娘 ハンギョレ 2012.07.15

http://japan.hani.co.kr/arti/politics/12116.html

朴大統領秘線>崔氏と42年の縁…どういう関係?(1)・・中央日報10/26

http://japanese.joins.com/article/052/222052.html

チェ・スンシル(ウィキペディア)
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%81%E3%82%A7%E3%83%BB%E3%82%B9%E3%83%B3%E3%82%B7%E3%83%AB

2016年10月31日 (月) チェ・スンシル国政介入事件 | 固定リンク

≪ セウォル号とチョ・ウンチョン大統領府公職規律秘書官の公職追放 | トップページ| 韓国社会に垣間見る「疑似宗教」 ・・2016.10.31 korea news & joy ≫

「チェ・スンシル国政介入事件」カテゴリの記事
チェ・スンシル国勢介入疑惑の背景(後編) 隠遁生活から大統領の道へ(2016.11.04)
チョン・ユンフェ国政介入事件と今回のチェ・スンシル事件は無関係ではない(2016.10.31)
チェ・スンシル国勢介入疑惑の背景(前編) 不正の始まりは朴正煕軍事政権時代(2016.11.02)
日帝下の韓国教会と異端・・卓志一 現代宗教2009年12月号より翻訳 (2016.10.31)
韓国社会に垣間見る「疑似宗教」 ・・2016.10.31 korea news & joy(2016.10.31)
朴槿恵の心の闇につけ込んだ「霊夢」 崔順実ゲート事件の内幕

『竹嶋渉』
注目のテーマ
富士山大噴火、日本沈没のXデー
いま、なぜ憲法改正が必要なのか
生活保護でパチンコしたらダメですか?
もっと見る

竹嶋渉(元在韓ジャーナリスト)
 現在、韓国政界を揺るがせている「崔順実ゲート」事件。事件の内幕が徐々に明らかになるにつれて、朴槿恵政権をも揺るがしかねない事態になっている。

 この事件は女性実業家・崔順実氏(60)が朴槿恵大統領を通して国家機密情報を入手し、国政の運営や政府の人事に関して大統領に助言を与えていたほか、崔順実の血縁者が文化・体育関係の財団を相次いで設立し、そこで不正をほしいままにしてきた、というものである。崔順実氏の娘・鄭ユラ氏にも不自然な特例入学や恩恵付与が報じられてもいる。
 韓国では、過去に大統領の近親者や周辺人物が権力を背景に大規模な不正を行った事例があり、これだけでは特に驚くに当たらない。
 今回の事件が特異だったのは、「大統領の周辺人物」が新興宗教関係者であったこと、親子2代にわたって濃密な関係を結んでいたことだろう。崔順実氏の父・崔太敏氏(1912~1994)は1970年代に新興宗教・「永世教」を興し開祖となった人物。崔太敏氏は、朴槿恵氏の父・朴正煕大統領の時代から大統領府に出入りし、権勢をほしいままにしていたという。

 1974年8月、朴槿恵氏の母親・陸英修女史が狙撃されて死亡する事件が起こるが、このころ崔氏は朴槿恵氏にも接近。1975年に「大韓救国宣教団」なる団体を創設して総裁に就任、朴槿恵氏を名誉総裁に迎えている。1977年には朴正熙大統領から不正疑惑を直接追及されているが、この際には処罰を免れている。1979年に「大韓救国宣教団」を「セマウム奉仕団」に改称し、大学や企業の内部でその勢力を伸長させた。

1970年代の朴槿恵氏
(大韓民国大統領秘書室編『セマウル』(1975年)より)
 崔太敏氏は6人の妻との間に8人の子(3男6女)をもうけたが、崔順実氏は5女にあたる。崔太敏氏は自らの「霊性」を継承する存在として、崔順実氏を特に寵愛していたという。崔順実氏が朴槿恵氏と本格的に親交を深め始めたのは1977年ごろとされている。1977年に崔順実氏は「セマウム奉仕団」の全国大学生連合会会長となり、1979年6月に開かれた「セマウム奉仕団」の体育大会では朴槿恵氏の横の席に座っていたことが確認されている。
 1979年10月に朴正熙大統領が暗殺された後、崔父娘はますます朴槿恵氏に食い込み、故・陸英修女史が設立した児童福祉財団・「陸英財団」の幹部も務めた。この財団の運営をめぐり、朴槿恵氏の妹・朴槿令氏と崔父娘との間に摩擦が起こり、朴槿令氏が崔太敏氏の処罰を求めて大統領府に嘆願書を出すという事態が起こっている。もっとも、朴槿恵氏はこの事態の経緯について、自叙伝などでも詳しく触れていない。

 「一部では、私が育英財団の運営から退いたことについて、いろいろな憶測を流しています。母が生前建てた子供会館が、姉妹のあいだのいざこざを生んだかのように見られることは、あってはならないことだし、いかなる理由でも許されないことなので、妹にその職を譲った(1990年)。その後、問題が起きたというニュースに接する度、歯がゆい思いをするが、私は妹がよくやってくれていると信じている(朴槿恵氏の側近に対する槿令氏側の批判が発端となり、理事長職を辞任。その後も運営をめぐりトラブルが報じられていた)。」(朴槿恵著『絶望は私を鍛え、希望は私を動かす-朴槿恵自叙伝』晩聲社より)

チェ・スンシル国勢介入疑惑の背景(前編) 不正の始まりは朴正煕軍事 ...
freedom-cult.cocolog-nifty.com/blog/2016/11/post-eead.html
1 日前 ... 1975年4月 チェ・テミンが「大韓救国宣教団」を設立し、翌月に開催した「救国祈祷会」、6月の「大韓救国十字軍」創軍式など ... 金載圭中央情報部長は10・26事件後に裁判所に提出した控訴理由補充書の「救国女性奉仕団と関連した令嬢の ...

【韓国の反応】パククネの支持率5%に墜落「歴代大統領の中で最低記録 ...
oboega-01.blog.jp/archives/1062197178.html
1 日前 ...パククネの支持率5%に墜落「歴代大統領の中で最低記録を更新!」

「ブルーK」に関連する情報 | テレビ紹介情報
kakaku.com/tv/search/keyword=ブルーK/
容疑者の所有会社ザ・ブルーKと提携する建設会社ヌスーリに受注させようとしていた。ここにアン・ジョンボム容疑者も関与している疑いがある。ただしこの件に関しては組織委員会の反対で採用されなかった。容疑者は今年の末に入札が予定されている五輪 ...

チェ・スンシル娘のチョンユラはSNSにこんな投稿をしています。
能力がなければお前らの両親をうらめ。
私たちの両親にいちいち不満を言うな。
金も実力だ。不満なら種目を変えなきゃ。
お前らは他人の悪口を言うのに忙しいから、いくら違う事をしてもそもそも成功出来るのか?
http://tunkufc2543.blog.fc2.com/blog-entry-12045.html

③①朴槿恵の崔順実の崔太敏の大韓救国宣教団のセマウム奉仕団はオウムとなんか関係ありそう!
④①朴槿恵の崔順実の崔太敏の大韓救国宣教団のセマウム奉仕団はオウムとなんか関係ありそう!
⑤①朴槿恵の崔順実の崔太敏の大韓救国宣教団のセマウム奉仕団はオウムとなんか関係ありそう!
①朴槿恵の崔順実の崔太敏の大韓救国宣教団のセマウム奉仕団はオウムとなんか関係ありそう!
②朴槿恵の崔順実の崔太敏の大韓救国宣教団のセマウム奉仕団はオウムとなんか関係ありそう!
スポンサーサイト

コメント

コメントの投稿













管理者にだけ表示を許可する

プロフィール

ポコポコちゃん

Author:ポコポコちゃん
FC2ブログへようこそ!

最新記事

最新コメント

月別アーカイブ

カテゴリ

カレンダー

02 | 2017/03 | 03
- - - 1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30 31 -

検索フォーム

RSSリンクの表示

リンク

ブロとも申請フォーム

QRコード

QR