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日本の恥希代のバカ総理ウンコリアン安倍晋三の70年談話と村山富市さんの談話!天皇陛下終戦の日に初めて大戦に対する深い反省

ウンコリアン安倍晋三の70年談話→反省の色無し 読む気にもならない


村山富市さんの50年談話→米国への感謝はいらない


現在時点で村山富市さん(1924年3月3日生91歳)のほうがウンコリアン安倍晋三(1954年9月21日60歳)よりも目も輝いているししっかりしているのが驚きです 


安倍晋三は国民に奉仕する下僕のくせに世襲まみれコネまみれのくせにあの戦争に何ら関わりがないのに何でオレ様が謝らなければなんねぇの?みたいなふざけたことをぶっこいているようです


ちなみに
ウンコリアン安倍一族は韓国の流刑地海賊済州島からやってきた田布施朝鮮部落に生息していた日中戦争工作員麻薬王一族
ウンコリアン晋三の祖父は巣鴨の囚人436号
ウンコリアン晋三の祖母は韓国人キャバ壌


■日本を戦争に導き日本人310万人を死に追いやった岸信介(安倍晋三祖父)KISHI NOBUSUKE NO.436 SUGAMO PRISON 26MARCH46
第2次世界大戦だけで日本人310万人死亡
図録第2次世界大戦各国戦没者数
http://www2.ttcn.ne.jp/honkawa/5227.html
注目→韓国やアメリカの民間人の死者数0ゼロ
日本はユダヤ韓国やユダヤアメリカによる戦争トラップにはめられたのです

■安倍小泉麻生朝鮮人一族らは中国侵略&麻薬密売
http://alternativereport1.seesaa.net/article/294397057.html
 「小泉元総理の父、祖父が、第二次大戦中、中国侵略を進めた大政翼賛会の政治家であり、安倍晋三元首相の祖父が、中国侵略の中心人物=岸信介であり、麻生太郎元首相の祖父が、中国侵略軍の中核に居た吉田茂である」という家系が意味する、日本の首相一族の連綿たる異常な系譜は瞠目に値する。
1939年4月、陸軍省軍事課長、岩畔豪雄を中心に、三井、三菱、大倉財閥の出資で満州に「昭和通商」という商社が作られた。
主な業務は、中国大陸におけるアヘン密売であり、実働部隊として岸信介、佐藤栄作、池田勇人、吉田茂がアヘン密売の実働部隊として「動き」、満州国の運営資金、日本軍の戦争資金=兵器購入資金を、麻薬・アヘン売買で調達した。


★村山元首相、戦後70年談話に苦言「何をおわびしているのか、よく分からない」
スポーツ報知 8月14日(金)18時50分配信

村山富市元首相
 政府は14日夕の臨時閣議で戦後70年に関する安倍晋三首相談話を決定した。首相は午後6時から首相官邸で記者会見し談話を発表した。1995年に戦後50年を迎えての「村山談話」を発表した村山富市元首相(91)が14日、フジテレビ系「みんなのニュース」(月~金曜・後3時50分)に出演。首相の「戦後70年談話」について語った。

【写真】戦後70年談話を発表した安倍首相

 午後6時からの談話を、最初は腕を組むなどして聞いていた村山元首相は、途中からは安倍首相を凝視。約25分にわたって話す様子を見守った。

 談話の感想を求められると「美辞麗句を並べて長々としゃべりましたが、何をおわびしているのか、よく分からないね」と、言葉の中に「おわび」という言葉が含まれてはいたものの、それがどこに向いているのかが分かりにくいことを指摘。「何を対象に、何のために(おわびを)しているのかが不明確。具体的に日本のやってきた、例えば植民地侵略など、そういった行為を(言葉として)挙げるなら分かるが…。よく分からない」と苦言を呈していた。


★安保法案:命がけで憲法守る…村山元首相、国会前で抗議 - 毎日新聞
mainichi.jp/select/news/20150724k0000m040062000c.html
2015年7月23日 ...

安全保障関連法案に抗議する東京・永田町の国会前での集会に23日、村山富市元首相(91)が参加し、演説した。村山氏は「憲法の下で戦争をしないと誓い、70年間平和を守ってきた。(憲法解釈を変更して)戦争をできる国にしようなんて絶対に許せない」などと訴えた。

 集会は、市民団体「戦争させない・9条壊すな!総がかり行動実行委員会」の主催。村山氏は「憲法学者の大多数がこの法案を『憲法が認めない、憲法が反対している』と言っているにもかかわらず、公然と国会の中で審議されている。まず憲法を守るべき、それが国会議員の役割だ」と話した。「私ももう何年生きるか分からないが、命がけで頑張ります」と声を張り上げると参加者から拍手が湧いた。【樋岡徹也】


■70年談話発表「侵略」などに言及?シェア?ツイート<70年談話>「侵略」「おわび」に言及 首相が発表
(毎日新聞) 18:09


臨時閣議に臨む安倍晋三首相(中央)=14日午後5時、首相官邸、飯塚晋一撮影

(朝日新聞)
 政府は14日夕の臨時閣議で、戦後70年に関する安倍晋三首相談話を決定した。首相はその後、首相官邸で記者会見し、談話を発表した。

 首相は談話で、先の大戦について「日本は進むべき進路を誤り、戦争への道を進んだ」と表明。「事変、侵略、戦争。いかなる武力の威嚇や行使も、国際紛争を解決する手段としては、もう二度と用いてはならない」「植民地支配から永遠に決別し、すべての民族の自決の権利が尊重される世界にしなければならない」という戦後日本の誓いを堅持する考えを示す形で、「侵略」「植民地支配」に言及した。



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><70年談話>「侵略」「おわび」に言及 首相が発表.<70年談話>「侵略」「おわび」に言及 首相が発表
18:09


臨時閣議に臨む安倍首相=首相官邸で2015年8月14日午後5時、小出洋平撮影

(毎日新聞)
 政府は14日夕の臨時閣議で、戦後70年に関する安倍晋三首相談話を決定した。首相はその後、首相官邸で記者会見し、談話を発表した。

 首相は談話で、先の大戦について「日本は進むべき進路を誤り、戦争への道を進んだ」と表明。「事変、侵略、戦争。いかなる武力の威嚇や行使も、国際紛争を解決する手段としては、もう二度と用いてはならない」「植民地支配から永遠に決別し、すべての民族の自決の権利が尊重される世界にしなければならない」という戦後日本の誓いを堅持する考えを示す形で、「侵略」「植民地支配」に言及した。

 また、「わが国は、先の大戦における行いについて、繰り返し、痛切な反省と心からのおわびの気持ちを表明してきた」と指摘。「こうした歴代内閣の立場は今後も揺るぎない」と述べた。

 そのうえで「自由、民主主義、人権といった基本的価値を堅持し、その価値を共有する国々と手を携えて、世界の平和と繁栄にこれまで以上に貢献していく」と述べ、安倍内閣が掲げる「積極的平和主義」の理念を強調した。

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?談話の全文は戦後70年の安倍談話を発表 「謝罪続ける宿命を背負わせてはならない」

(産経新聞) 18:08
「おわび」焦点=70年談話を閣議決定―安倍首相、会見で公表

(時事通信) 17:29


>戦後70年の安倍談話を発表 「謝罪続ける宿命を背負わせてはならない」.戦後70年の安倍談話を発表 「謝罪続ける宿命を背負わせてはならない」
18:08
 政府は14日、臨時閣議を開き、戦後70年の安倍首相談話を決定した。


■(ウンコリアン安倍晋三)70年談話の全文は以下のとおり。



 終戦七十年を迎えるにあたり、先の大戦への道のり、戦後の歩み、二十世紀という時代を、私たちは、心静かに振り返り、その歴史の教訓の中から、未来への知恵を学ばなければならないと考えます。

 百年以上前の世界には、西洋諸国を中心とした国々の広大な植民地が、広がっていました。圧倒的な技術優位を背景に、植民地支配の波は、十九世紀、アジアにも押し寄せました。その危機感が、日本にとって、近代化の原動力となったことは、間違いありません。アジアで最初に立憲政治を打ち立て、独立を守り抜きました。日露戦争は、植民地支配のもとにあった、多くのアジアやアフリカの人々を勇気づけました。

 世界を巻き込んだ第一次世界大戦を経て、民族自決の動きが広がり、それまでの植民地化にブレーキがかかりました。この戦争は、一千万人もの戦死者を出す、悲惨な戦争でありました。人々は「平和」を強く願い、国際連盟を創設し、不戦条約を生み出しました。戦争自体を違法化する、新たな国際社会の潮流が生まれました。

 当初は、日本も足並みを揃えました。しかし、世界恐慌が発生し、欧米諸国が、植民地経済を巻き込んだ、経済のブロック化を進めると、日本経済は大きな打撃を受けました。その中で日本は、孤立感を深め、外交的、経済的な行き詰まりを、力の行使によって解決しようと試みました。国内の政治システムは、その歯止めたりえなかった。こうして、日本は、世界の大勢を見失っていきました。

 満州事変、そして国際連盟からの脱退。日本は、次第に、国際社会が壮絶な犠牲の上に築こうとした「新しい国際秩序」への「挑戦者」となっていった。進むべき針路を誤り、戦争への道を進んで行きました。

 そして七十年前。日本は、敗戦しました。

 戦後七十年にあたり、国内外に斃れたすべての人々の命の前に、深く頭を垂れ、痛惜の念を表すとともに、永劫の、哀悼の誠を捧げます。

 先の大戦では、三百万余の同胞の命が失われました。祖国の行く末を案じ、家族の幸せを願いながら、戦陣に散った方々。終戦後、酷寒の、あるいは灼熱の、遠い異郷の地にあって、飢えや病に苦しみ、亡くなられた方々。広島や長崎での原爆投下、東京をはじめ各都市での爆撃、沖縄における地上戦などによって、たくさんの市井の人々が、無残にも犠牲となりました。

 戦火を交えた国々でも、将来ある若者たちの命が、数知れず失われました。中国、東南アジア、太平洋の島々など、戦場となった地域では、戦闘のみならず、食糧難などにより、多くの無辜の民が苦しみ、犠牲となりました。戦場の陰には、深く名誉と尊厳を傷つけられた女性たちがいたことも、忘れてはなりません。

 何の罪もない人々に、計り知れない損害と苦痛を、我が国が与えた事実。歴史とは実に取り返しのつかない、苛烈なものです。一人ひとりに、それぞれの人生があり、夢があり、愛する家族があった。この当然の事実をかみしめる時、今なお、言葉を失い、ただただ、断腸の念を禁じ得ません。

 これほどまでの尊い犠牲の上に、現在の平和がある。これが、戦後日本の原点であります。

 二度と戦争の惨禍を繰り返してはならない。

 事変、侵略、戦争。いかなる武力の威嚇や行使も、国際紛争を解決する手段としては、もう二度と用いてはならない。植民地支配から永遠に訣別し、すべての民族の自決の権利が尊重される世界にしなければならない。

 先の大戦への深い悔悟の念と共に、我が国は、そう誓いました。自由で民主的な国を創り上げ、法の支配を重んじ、ひたすら不戦の誓いを堅持してまいりました。七十年間に及ぶ平和国家としての歩みに、私たちは、静かな誇りを抱きながら、この不動の方針を、これからも貫いてまいります。

 我が国は、先の大戦における行いについて、繰り返し、痛切な反省と心からのお詫びの気持ちを表明してきました。その思いを実際の行動で示すため、インドネシア、フィリピンはじめ東南アジアの国々、台湾、韓国、中国など、隣人であるアジアの人々が歩んできた苦難の歴史を胸に刻み、戦後一貫して、その平和と繁栄のために力を尽くしてきました。

 こうした歴代内閣の立場は、今後も、揺るぎないものであります。

 ただ、私たちがいかなる努力を尽くそうとも、家族を失った方々の悲しみ、戦禍によって塗炭の苦しみを味わった人々の辛い記憶は、これからも、決して癒えることはないでしょう。

 ですから、私たちは、心に留めなければなりません。

 戦後、六百万人を超える引揚者が、アジア太平洋の各地から無事帰還でき、日本再建の原動力となった事実を。中国に置き去りにされた三千人近い日本人の子どもたちが、無事成長し、再び祖国の土を踏むことができた事実を。米国や英国、オランダ、豪州などの元捕虜の皆さんが、長年にわたり、日本を訪れ、互いの戦死者のために慰霊を続けてくれている事実を。

 戦争の苦痛を嘗め尽くした中国人の皆さんや、日本軍によって耐え難い苦痛を受けた元捕虜の皆さんが、それほど寛容であるためには、どれほどの心の葛藤があり、いかほどの努力が必要であったか。

 そのことに、私たちは、思いを致さなければなりません。

 寛容の心によって、日本は、戦後、国際社会に復帰することができました。戦後七十年のこの機にあたり、我が国は、和解のために力を尽くしてくださった、すべての国々、すべての方々に、心からの感謝の気持ちを表したいと思います。

 日本では、戦後生まれの世代が、今や、人口の八割を超えています。あの戦争には何ら関わりのない、私たちの子や孫、そしてその先の世代の子どもたちに、謝罪を続ける宿命を背負わせてはなりません。

 しかし、それでもなお、私たち日本人は、世代を超えて、過去の歴史に真正面から向き合わなければなりません。謙虚な気持ちで、過去を受け継ぎ、未来へと引き渡す責任があります。

 私たちの親、そのまた親の世代が、戦後の焼け野原、貧しさのどん底の中で、命をつなぐことができた。そして、現在の私たちの世代、さらに次の世代へと、未来をつないでいくことができる。それは、先人たちのたゆまぬ努力と共に、敵として熾烈に戦った、米国、豪州、欧州諸国をはじめ、本当にたくさんの国々から、恩讐を越えて、善意と支援の手が差しのべられたおかげであります。

 そのことを、私たちは、未来へと語り継いでいかなければならない。歴史の教訓を深く胸に刻み、より良い未来を切り拓いていく、アジア、そして世界の平和と繁栄に力を尽くす。その大きな責任があります。

 私たちは、自らの行き詰まりを力によって打開しようとした過去を、この胸に刻み続けます。だからこそ、我が国は、いかなる紛争も、法の支配を尊重し、力の行使ではなく、平和的・外交的に解決すべきである。この原則を、これからも堅く守り、世界の国々にも働きかけてまいります。唯一の戦争被爆国として、核兵器の不拡散と究極の廃絶を目指し、国際社会でその責任を果たしてまいります。

 私たちは、二十世紀において、戦時下、多くの女性たちの尊厳や名誉が深く傷つけられた過去を、この胸に刻み続けます。だからこそ、我が国は、そうした女性たちの心に、常に寄り添う国でありたい。二十一世紀こそ、女性の人権が傷つけられることのない世紀とするため、世界をリードしてまいります。

 私たちは、経済のブロック化が紛争の芽を育てた過去を、この胸に刻み続けます。だからこそ、我が国は、いかなる国の恣意にも左右されない、自由で、公正で、開かれた国際経済システムを発展させ、途上国支援を強化し、世界の更なる繁栄を牽引してまいります。繁栄こそ、平和の礎です。暴力の温床ともなる貧困に立ち向かい、世界のあらゆる人々に、医療と教育、自立の機会を提供するため、一層、力を尽くしてまいります。

 私たちは、国際秩序への挑戦者となってしまった過去を、この胸に刻み続けます。だからこそ、我が国は、自由、民主主義、人権といった基本的価値を揺るぎないものとして堅持し、その価値を共有する国々と手を携えて、「積極的平和主義」の旗を高く掲げ、世界の平和と繁栄にこれまで以上に貢献してまいります。

 終戦八十年、九十年、さらには百年に向けて、そのような日本を、国民の皆様と共に創り上げていく。その決意であります。

 平成二十七年八月十四日

 内閣総理大臣 安倍晋三


★村山内閣総理大臣談話

「戦後50周年の終戦記念日にあたって」


平成7年8月15日

 先の大戦が終わりを告げてから、50年の歳月が流れました。今、あらためて、あの戦争によって犠牲となられた内外の多くの人々に思いを馳せるとき、万感胸に迫るものがあります。

 敗戦後、日本は、あの焼け野原から、幾多の困難を乗りこえて、今日の平和と繁栄を築いてまいりました。このことは私たちの誇りであり、そのために注がれた国民の皆様1人1人の英知とたゆみない努力に、私は心から敬意の念を表わすものであります。ここに至るまで、米国をはじめ、世界の国々から寄せられた支援と協力に対し、あらためて深甚な謝意を表明いたします。また、アジア太平洋近隣諸国、米国、さらには欧州諸国との間に今日のような友好関係を築き上げるに至ったことを、心から喜びたいと思います。

 平和で豊かな日本となった今日、私たちはややもすればこの平和の尊さ、有難さを忘れがちになります。私たちは過去のあやまちを2度と繰り返すことのないよう、戦争の悲惨さを若い世代に語り伝えていかなければなりません。とくに近隣諸国の人々と手を携えて、アジア太平洋地域ひいては世界の平和を確かなものとしていくためには、なによりも、これらの諸国との間に深い理解と信頼にもとづいた関係を培っていくことが不可欠と考えます。政府は、この考えにもとづき、特に近現代における日本と近隣アジア諸国との関係にかかわる歴史研究を支援し、各国との交流の飛躍的な拡大をはかるために、この2つを柱とした平和友好交流事業を展開しております。また、現在取り組んでいる戦後処理問題についても、わが国とこれらの国々との信頼関係を一層強化するため、私は、ひき続き誠実に対応してまいります。

 いま、戦後50周年の節目に当たり、われわれが銘記すべきことは、来し方を訪ねて歴史の教訓に学び、未来を望んで、人類社会の平和と繁栄への道を誤らないことであります。

 わが国は、遠くない過去の一時期、国策を誤り、戦争への道を歩んで国民を存亡の危機に陥れ、植民地支配と侵略によって、多くの国々、とりわけアジア諸国の人々に対して多大の損害と苦痛を与えました。私は、未来に誤ち無からしめんとするが故に、疑うべくもないこの歴史の事実を謙虚に受け止め、ここにあらためて痛切な反省の意を表し、心からのお詫びの気持ちを表明いたします。また、この歴史がもたらした内外すべての犠牲者に深い哀悼の念を捧げます。

 敗戦の日から50周年を迎えた今日、わが国は、深い反省に立ち、独善的なナショナリズムを排し、責任ある国際社会の一員として国際協調を促進し、それを通じて、平和の理念と民主主義とを押し広めていかなければなりません。同時に、わが国は、唯一の被爆国としての体験を踏まえて、核兵器の究極の廃絶を目指し、核不拡散体制の強化など、国際的な軍縮を積極的に推進していくことが肝要であります。これこそ、過去に対するつぐないとなり、犠牲となられた方々の御霊を鎮めるゆえんとなると、私は信じております。

 「杖るは信に如くは莫し」と申します。この記念すべき時に当たり、信義を施政の根幹とすることを内外に表明し、私の誓いの言葉といたします。


★天皇陛下、終戦の日に初めて「先の大戦に対する深い反省」と述べられる
ツイート 2015年8月15日 13時43分 政府主催の全国戦没者追悼式が15日、東京都千代田区の日本武道館で開かれた
天皇陛下は、終戦の日に初めて「先の大戦に対する深い反省」を述べられた追悼式には、遺族のほか政府関係者ら約7000人が参列した
記事を読む


陛下「大戦に深い反省」 全国戦没者追悼式
ツイート 2015年8月15日 13時43分


 15日、70回目の「終戦の日」を迎え、東京・千代田区の日本武道館で「全国戦没者追悼式」が開かれた。天皇陛下は初めて「先の大戦に対する深い反省」という言葉を用い、追悼の気持ちと平和への願いを述べられた。

 戦後70年の節目の追悼式には、遺族のほか、安倍首相をはじめとする政府関係者ら約7000人が参列した。参列者は正午に1分間の黙とうをささげ、戦争の犠牲となった310万人に哀悼の意を表した。その後、天皇陛下がお言葉を述べられた。

 「ここに過去を顧み、さきの大戦に対する深い反省と共に、今後戦争の惨禍が再び繰り返されぬことを切に願い、全国民と共に、戦陣に散り戦禍に倒れた人々に対し、心からなる追悼の意を表し、世界の平和と我が国の一層の発展を祈ります」

 陛下は戦後50年の式以来、お言葉の内容・表現をほぼ変えていなかったが、戦後70年にあたり、今年初めて「さきの大戦に対する深い反省」という言葉を用いられた。さらに、今日の平和と繁栄を築くにあたり「平和の存続を切望する国民の意識」にも支えられてきたと述べるなど、新たな内容を盛り込まれた。

 今年、最高齢の参列者はビルマ(現ミャンマー)で夫を亡くした松岡せいさん100歳で、夫の正二さんは31歳の時、ビルマで戦死した。

 また、遺族が高齢化する中、戦争の記憶を次世代に引き継ぐために、今年から18歳未満の曾孫世代が初めて献花に参加した。

外部サイト
70回目の「終戦の日」 全国戦没者追悼式70回目の終戦の日 まもなく戦没者追悼式新潟市役所 被爆者や市民ら集まり追悼式
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[2015/08/15 23:54] URL | 相川圭子 #H2zG3YOI [ 編集 ]

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