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山口県の部落の前科者率は一般の約39倍である!韓国の議員は前科者だらけ!

①山口県の部落の前科者率は一般の約39倍である!-萩藩の賎民分布
②山口県の部落の前科者率は一般の約39倍である!

山口県の部落の前科者率は一般の約39倍であると1910年に山口県警部兼山口県属の田子一民が報告している[1]

山口県 - 同和地区Wiki
https://同和地区.com/wiki/山口県
全國部落調査(1935年) に移動 - 山口県100部落のなかでも、最も貧しいといわれている」という。「猿まわしの出た里は、高州(光市)、瀬戸山(光市)、三輪(大和町)、麻郷(田布施町)、久原(周東町)、番力(下松市)[引用者注、おそらく香力の誤記]、久米(徳山市)、正重(徳山市)、樋口(熊毛町)である。いずれも未解放部落であり、藩政時代から血縁で堅く結ばれていた」。村崎家はいずれの地区にも親戚があるとする。光市の高州地区に以下の姓の者がいた。国本、香西、田中、浜田、山県。同地に高橋姓の者が ...
概況 ・ ?文献 ・ ?施設等 ・ ?小集落改良住宅

真実に迫るブログ : 明治維新を起こした田布施の人脈 - livedoor Blog
blog.livedoor.jp/shiderz402-seikei/archives/8114560.html
2015/04/03 - 田布施町は2つあって一つは私も昨年の夏に訪れた、山口県熊毛郡田布施町ともう一つは鹿児島県の田布施村(現加世田市金峰町)です。 ... タイトル:鹿児島田布施部落. 明治維新を考察する上では、必ず田布施の話をせねばなるまい。これは山口(長州)や鹿児島(薩摩)にあった朝鮮系の被差別部落の町である。「日本のいちばん醜い日」鬼塚英昭 著 成甲書房 刊 によれば、その町の出身者には大室寅之裕=明治天皇、伊藤博文、木戸幸一、宮本顕治、河上肇、難波八郎、松岡洋右、安倍源基(終戦時の内務大臣)、賀屋興宣などがいる。その後の総理大臣である岸信介、佐藤栄作、小泉純一郎、麻生太郎、安倍晋三なども、すべて田布施の末裔である。
これにより安倍晋三一族が元々は朝鮮人であった、可能性が農厚になったと言えそうです。そして鹿児島県加世田市と山口県熊毛郡田布施町は元々朝鮮部落であったということです

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山口県
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萩藩の賎民分布.jpg
目次 [非表示]
1 概況
2 文献 2.1 全國部落調査(1935年)

3 施設等 3.1 隣保館
3.2 小集落改良住宅 3.2.1 山口市
3.2.2 光市
3.2.3 柳井市
3.2.4 下関市
3.2.5 萩市
3.2.6 岩国市
3.3 関連団体
3.4 教育集会所
3.5 人権啓発センター
4 出典概況

山口県の部落の前科者率は一般の約39倍であると1910年に山口県警部兼山口県属の田子一民が報告している[1]。

1984年の報告によると宇部市域には同和地区が7地区あり、1981年の段階で同和地区世帯数は801、同和地区人口は2681人であった[2]。宇部市厚南北地区は住民約6400戸・21000人のうち同和関係者が270戸・940人に過ぎず、混住が進んでいる[3]。

宰判別・賎民規模別村落数.jpg
山名伸作「山口県と鹿児島県の同和地区現地研修記」によると、下関市にはH地区(東大坪町か、440世帯・1560人)とN地区(中六波町か、約100戸・440人)、Y地区(吉田か、20戸・100人)の3ヶ所の同和地区がある。中六波町と吉田には「下関市隣保館の設置等に関する条例」に基づく福祉館がある。
中六波福祉館 - 下関市長府中六波町9番9号
錦町福祉館 - 下関市大字吉田字牛頭1468番地5

萩藩の被差別部落の統計
調査年
地区数
戸数
人口
1829年 - 2114 10211[4]
1842年 - 2119 -[5]
山口県の被差別部落の統計
調査年
地区数
戸数
人口

1907年 276 4290 23258[6]
1910年 136 4814 25868[7]
1921年 117 4006 19878[8]
1922年 121 3824 21967[9]
1929年7月 - 5666 25257[10]
1935年 154 4484 21751[11]
1942年 - 2656 13038[12]
1946年 - - 16597[13]
1958年 190 7692 36565[14]
1963年 123 9174 地区全体39857、同和関係24981[15]
1967年 86 地区全体8549、同和関係5659 地区全体33998、同和関係22802[16]
1971年 91 地区全体9628、同和関係5673 地区全体34420、同和関係20783[17]
1975年 91 地区全体10509、同和関係5843 地区全体35212、同和関係19852[18]
1981年 91 - 5900[19]
1985年 92 地区全体10759、同和関係6005 地区全体36062、同和関係20404[20]
1993年 92 地区全体15355、同和関係4908 地区全体42905、同和関係13898[21]

なお本県においては、水平社が置かれていたにもかかわらず『全國部落調査』に記載のない地区名が多々ある。以下にその例を示す。
豊浦郡小月水平社(現・下関市小月町)[22]。同人に上田姓、竹中姓あり。
豊浦郡西市水平社(現・下関市豊田町大字西市西市)[23]。同人に井藤姓あり。
豊浦郡豊田村八道水平社(現・下関市豊田町大字八道)[24]
厚狭郡出合水平社(現・山陽小野田市大字山野井)[25]。同人に中石姓あり。
小野田町高千穂連盟水平社支部(現・山陽小野田市高千帆)[26]。同人に藤中姓あり。
大津郡大津水平社(現・長門市東深川)[27]。同人に沖村姓、山縣あり。
大地水平社(現・長門市[28])[29]。同人に藤川姓あり。
佐波郡中関水平社(現・防府市浜方から田島)[30]。同人に西藤姓あり。1932年に西条姓の者がいた[31]。現在、防府市田島2620に防府中関郵便局がある。
山口県牟礼水平社(現・防府市牟礼)[32]。同人に池田姓、平岡姓あり[33]。現在、防府市敷山町1-1に牟礼中学校がある。
小野水平社(現・防府市奈美)[34]。同人に松本姓あり。

宇部市小野の西小野(西下小野)部落を描いた地図。部落の一部は現在、小野湖になっている。
なお、山口県水平社西小野支部(現・宇部市)[35]が置かれていた西小野地区(水平社同人に松本姓あり)は『全國部落調査』の西下小野部落と同一地区である。

下松市生野屋も沖本屋平兵衛を長吏頭に戴いた被差別部落だが、『全國部落調査』には記載がない。

美祢市伊佐町伊佐徳定は花山法皇の遺臣の子孫との伝承を持つ地区で「伊佐の陰陽」「伊佐の下医者」と賤称されていたが、天保から安政期を通じて売薬行商で蓄財し、脱賤民化に成功したといわれる[36]。

「西日本では、竹細工は部落の伝統産業の一つであった」といわれる[37]。2013年の山口連続殺人放火事件の保見光成は父が竹細工職人だが[38]、出身地の周南市金峰は『全國部落調査』には記載がない。八木澤高明の取材によると、保見の父は水上集落(周南市徳山水上?)の出身であり、保見一族は800年ほど前から水上に住み、水上には平家の落人の末裔との伝承があるという[39]。ただし奥畑集落の岡幸生(81歳)は保見家に対する差別の存在を否定している[39]。

地形からみた被差別部落の立地.jpg
地形
賤民部落(現在の地名)

山麓の緩斜面 上久原村は岩国市周東町上久原、陶村丸尾は山口市陶丸尾(続く地名あり)、山田村玉江は萩市山田玉江(続く地名あり)、佐賀村神田は熊毛郡平生町佐賀神田、末益村瀬戸は山陽小野田市大字山川1151番地周辺(自治会としては「松岳畑」周辺)、末益村石丸は山陽小野田市大字山川
山肢下端部 植松村向山は防府市佐野向山、田島村久淵は防府市大字田島字久淵
小谷の緩斜面 下ノ小野村阿武瀬は宇部市小野阿武瀬、下ノ小野村西下小野は宇部市小野西下小野、須佐村北谷は萩市須佐北谷、本郷村本郷は岩国市本郷町本郷、本郷村領家は岩国市本郷村・岩国市美和町・岩国市美川町・岩国市錦町・岩国市周東町・岩国市北河内に跨る領域
丘陵・台地面 麻郷村奥は熊毛郡田布施町麻郷奥、麻郷村久止礼は熊毛郡田布施町麻郷尾迫、伊佐庄長尾は伊保庄長尾の誤字で柳井市伊保庄開作後、伊佐村小林は美祢市伊佐町伊佐小林、須々万村岡は周南市大字須々万本郷312(飛龍八幡宮)近辺、弥富村市は萩市大字弥富下(行政区は弥富8区)周辺(弥富小学校から南に500m程度離れた辺り)、岐波村前田は宇部市東岐波前田、上宇部村は宇部市上宇部
丘陵・台地下端部 三輪村赤迫は光市三輪赤迫、舟木村真名ケ崎は宇部市船木真名ケ崎、舟路村下庄は山口市徳地船路下庄、舟路村畠田は山口市徳地船路[40]、三隅村広田は長門市三隅中広田
小谷の平地 樋口村は周南市樋口、棚井村は宇部市棚井棚井下、生雲村柏は生雲村相の誤字で山口市阿東生雲中相上、生雲村長通は山口市阿東生雲(続く地名あり)、生雲村佃ケ谷は恐らく生雲村畑ヶ谷の誤字で山口市阿東生雲(続く地名あり)、本郷村本郷南は岩国市本郷町本郷、島地山畑村西畑は山口市徳地上村西畑、福井下村迫田は萩市福井下4170(GPS座標34.435568, 131.478394)周辺、福井下村明ケ迫は萩市大字福井下字明ケ迫、福井下村門前は萩市大字福井下字門前、福井下村桜は萩市福井下桜
氾濫原 下宇野令中尾下羽坂は山口市三和町、末武中村香力は下松市瑞穂町(の一部)、末武中村山根は下松市末武中山根、朝田村坂東は山口市朝田坂東、朝田村徳佐は山口市阿東徳佐(続く地名あり)
乱流地 下右田村大渡は防府市下右田、椿東無田ケ原は萩市椿東無田ケ原、吉田村牛頭は下関市大字吉田字牛頭、下久原村緑町は岩国市周東町下久原緑町、下久原村上市は岩国市周東町下久原上市中ならびに上市下、深河村後ケ迫は深川村後ケ迫の誤字で長門市西深川後ケ迫、深河村御所原は深川村御所原の誤字で長門市西深川上川西
自然堤防 東須恵村上中野は宇部市東須恵上中野
バックマーシュ 大井村後地は萩市大井後地、椿東前小畑は萩市椿東前小畑2区
砂州・砂嘴 牟礼村東山は防府市の「旧三田尻湾に突出した砂州上」(138頁)で「防長風土注進案」9「三田尻宰判上」665頁には「穢多村壱ケ所 東山家数七拾三軒 但本軒六拾軒、亡土拾三軒 竃数同断」とある。現在の防府市江泊町の江泊山北側付近で、恐らく『全國部落調査』の遷喬地区、法輪寺付近にあたる。浅江村高州は光市浅江高州
トンボロ 室積村瀬戸は光市室積村瀬戸
砂浜 久賀村幸は大島郡周防大島町久賀、久賀村橘は大島郡周防大島町西安下庄、室津村日浦は熊毛郡上関町室津
ポリエ斜面 青景村鍛冶屋は美祢市秋芳町青景鍛冶屋、岩永村上水田は美祢市秋芳町岩永本郷上水田

なお下羽坂地区(山口市三和町)は椹野川(ふしのがわ)に面しているが、語源を「俘囚の川」とする説もある[41]。『角川地名大辞典』には以下の記載がある。
浮囚郷(古代)
平安期に見える郷名「和名抄」周防【すおう】国吉敷【よしき】郡十郷の1つ高山寺本には見えない東急本には「浮囚」と見え訓を欠く俘囚の誤りか「地名辞書」は「えみし」と訓む東北地方の蝦夷のうち,律令国家に服属した者を「俘囚」と称し,各地に移住させた当郷もこれら俘囚居住地の1つであろう「地名淵鑑」は,山口盆地を貫流する椹野【ふしの】川の川名は俘囚の訛であるとして,椹野川中流域にあたる現山口市平川・大歳付近に比定するなお,「地名辞書」は仁保の山中であろうとする

1982年刊行の『山口市史』にも以下の記載がある。
郷名の由来については、上古東北地方の経略が進むなかで、俘囚となった蝦夷を多く諸国に配置して、地方の開拓にあたらせたという記紀史料に基づき、吉敷郡の浮囚集落もまた椹野川流域に置かれて、開発に従事させたことによるものであろうと推測されている。

関連して、福岡県宮若市金丸の小字に向浮州(むかいのふしゅう)がある。福岡県の項目を参照。

文献
全國部落調査(1935年)
山口縣 昭和十年三月現在
230頁
部落所在地
部落名
戸数
人口
主業
副業
生活程度
現在地
備考

大島郡 家室西方村 西方 下田區 一〇 五〇 農業 漁業 下 大島郡 周防大島町 西方 下田
〃 〃 外入 外入區 八 三五 〃 〃 〃 大島郡 周防大島町 外入
〃 〃 西方 船越區 二 一〇 〃 〃 〃 大島郡 周防大島町 西方 船越
〃 〃 外入 伊崎區 一 四 〃 〃 〃 大島郡 周防大島町 外入 伊崎
〃 久賀町 幸町 幸町 三一 五三 古物商 日傭稼 〃 大島郡 周防大島町 久賀 大島郡周防大島町(旧:大島郡久賀町)に平野姓の融和運動家がいた[42]。同地の大島郡久賀町水平社に以下の姓の者がいた[43]。植元、土井(3人)、堀脇、前崎(4人)。堀脇姓5件。2000年電話帳。
〃 小松町 小松、北■ 大西 一〇 四三 農業 日傭 中 大島郡 周防大島町 小松 大西姓3件。2000年電話帳。
〃 〃 志佐、浜 丁田 一一 四七 漁業 〃 下 大島郡 周防大島町 志佐 丁田姓6件。2000年電話帳。
玖珂郡 川下村 中津 大門下 一九 八六 農業 〃 岩国市 中津町 大門下の位置は要調査。
〃 〃 久保新開 一〇 四〇 〃 〃 〃 岩国市 中津町 久保新開の位置は要調査。
〃 〃 大門上 三九 一三八 〃 〃 〃 岩国市 中津町 大門上の位置は要調査。
〃 岩國町 錦見 沖錦見 五五 二五〇 日傭、土工 大工、左官、遊藝、商、漁業 〃 岩国市 錦見
〃 藤河村 関戸 谷口 一六 七二 養蚕 農業 中 岩国市 関戸 岩国市にあった玖珂郡岩国関戸水平社に以下の姓の者がいた[44]。藤岡、藤川、藤島、藤本、山本(2人)。藤島姓1件。藤本姓2件。山本姓3件。2000年電話帳。
〃 通津村 猪之子石 本町 九 四八 石工、濃 〃 下 岩国市 通津 本町

231頁
部落所在地
部落名
戸数
人口
主業
副業
生活程度
現在地

備考
玖珂郡 通津村 猪之子石 江尻 一〇 四六 農業 農業 下 岩国市 通津
〃 日積村 小國 市場區 一三 五八 〃 石工 中 柳井市 日積 小国
〃 神代村 西浜 江ノ尻 五 一八 漁業 日傭 下 柳井市 神代 西浜 江ノ尻の位置は要調査。
〃 〃 吉宇登 七 二五 〃 〃 〃 柳井市 神代 西浜 吉宇登の位置は要調査。
〃 〃 原 赤石 七 三二 農業 〃 〃 柳井市 伊保庄 原 地元のバス停に「赤石」あり。
〃 柳井町 柳井 忠信區 五八 二八〇 農、屠畜、古物商 縄叭製造 下 柳井市 柳井 忠信 玖珂郡柳井水平社に住出姓の者がいた[45]。1932年に広田姓の者がいた[46]。
〃 新庄村 多々野 多々野 二六 一二〇 農業 日傭 〃 柳井市 柳井 多田野
〃 髙森町 上久原 久原区、上久原区 二五〇 一四一〇 〃 牛肉販賣 中 岩国市 周東町上久原 別名、連福地区[47]。300戸、人口1500人で県下最大とする[48]。同地に以下の姓の者がいた[49]。荒磯(あらいそ。石川県、北海道が最多の稀姓。山口県には現存しないか)、池本、磯村、上部、浮島、大石、大城戸、片岡、栗谷、大門、高丘(たかおか。福岡市が最多の稀姓)、中崎、野島(2人)、萩原、橋本、藤本(2人)、松田、村田、森本。同地に岡崎姓の者がいた[50]。同地に以下の姓の者がいた[51]。岡本、中嶋。大城戸姓7件。2000年電話帳。
〃 〃 下久原 緑町區 六〇 二五二 〃 製叭 中 岩国市 周東町下久原 緑町 旧称、穢多原[52]。岩国市にあった玖珂郡高森梅林水平社に以下の姓の者がいた[53]。清水、道村。下久原に大城戸姓7件、清水姓7件、道村姓1件。2000年電話帳。
〃 半川村 西長野 中村東組 二〇 九二 〃 蚕業 上 岩国市 周東町西長野 東中村 半川は米川の誤記。玖珂郡米川村水平社の同人に中原姓あり[54]。中原姓7件。2000年電話帳。
〃 〃 差川 九 三九 〃 石工 中 岩国市 周東町差川
〃 〃 上中曽根 沖組 七 二九 〃 日稼 〃 岩国市 周東町差川 上中曽根
〃 〃 西長野 山下組 六 三一 〃 牛馬商、藁細工 中 岩国市 周東町西長野
〃 〃 第六區 六 二〇 〃 日稼 下 岩国市 周東町西長野
〃 〃 西長野末法 大江 七 三一 〃 〃 〃 岩国市 周東町西長野 末法
〃 川越村 久坂 儀正堂 三 七三 〃 〃 〃 岩国市 周東町 久坂(久板?)の位置は要調査。久杉、すなわち岩国市周東町獺越(おそごえ)字久杉の誤記の可能性もあり。岩国市にあった玖珂郡玖西水平社川越支部に以下の姓の者がいた[55]。中原、松ノ木(まつのき。岩国市が最多の稀姓)。
〃 〃 明神 喜十郎 四 / 〃 砥石堀リ、日稼 〃 岩国市 周東町獺越明神 明治43年帝国陸軍測量の1/50000地形図によると現在の獺越明神にあたる。

『全國部落調査』に記載のある緑町區付近の部落の地図。緑町區は現在の岩国市周東町下久原緑町にあたるが、それとは別個に、岩国市周東町下久原上市中や岩国市周東町下久原上市下にも部落があることがわかる。また『藩領の歴史地理─萩藩─』139頁には「旧下久原村にある上市、緑町、中村、小森などの未解放部落は、東川と下流の島田川に沿って分布する」ともあり、岩国市周東町下久原小森にも部落があることがわかる(中村の位置は要調査)。そして上市中や上市下や中村や小森の部落は『全國部落調査』に記載がない。
232頁

部落所在地
部落名
戸数
人口
主業
副業
生活程度
現在地

備考
玖珂郡 川越村 東 日成 九 / 農業 砥石堀リ、日稼 下 岩国市 周東町 東や日成の位置は要調査。
〃 本郷村 本郷 南 五 二六 〃 〃 岩国市 本郷町本郷
〃 賀見畑村 阿賀 立岩 一 四八 〃 石工、鍛冶屋 〃 岩国市 美和町阿賀 立岩
〃 〃 片山 二 / 〃 〃 岩国市 美和町阿賀 片山
〃 〃 西 二 / 〃 〃 岩国市 美和町阿賀 西
〃 〃 下畑 植野 三 / 〃 〃 岩国市 美和町下畑
〃 坂上村 佐坂 板根 一一 四五 〃 石工、籠作、牛肉商、日稼 〃 岩国市 美和町佐坂 坂根
〃 〃 澁前 迫 三 六 〃 〃 〃 岩国市 美和町渋前 迫
〃 祖父村 平畑 平畑 五 二八 〃 石工、行商 〃 岩国市 周東町祖生 平畑 祖父は祖生の誤記。
〃 〃 中村 中村 三五 一四七 〃 〃 〃 岩国市 周東町祖生 中村 同上。
〃 玖珂町 柳井田下 柳井田下 五三 二六五 〃 養蚕、日稼 中 岩国市 玖珂町 柳井田下 岩国市にあった玖珂郡玖珂村水平社に岡崎姓の者がいた[56]。玖珂郡玖珂村柳井田に重村姓の者がいた[57]。岡崎姓2件。2000年電話帳。
〃 〃 同道 同道區 一二 四七 農、商 日稼 〃 岩国市 玖珂町 同道 重村姓2件。2000年電話帳。
〃 廣瀬村 大野 傍示ヶ峠 二 八 農業 肉行商 下 岩国市 錦町大野 傍示峠
熊毛郡 伊保庄村 開作向田 長尾組 一二 五〇 〃 叺織 〃 柳井市 伊保庄 開作後 長尾姓3件。2000年電話帳。
〃 室津村 白浜 白浜 四五 二三〇 漁業 農業 〃 熊毛郡 上関町 室津 白浜 釜谷姓1件、小浜姓9件。2000年電話帳。
〃 佐賀村 船木 神田 二〇 一〇五 〃 縄綱製造 〃 熊毛郡 平生町 佐賀 神田
〃 〃 越峠 越峠 四 一〇 農業 〃 〃 熊毛郡 平生町 佐賀 越峠

233頁
部落所在地
部落名
戸数
人口
主業
副業
生活程度
現在地

備考
熊毛郡 麻郷村 麻郷奥 藏橋 二九 一三〇 農業 鳥商、行商、カマス作 下 熊毛郡 田布施町 麻郷 東竹重[58] 「明治天皇=大室寅之祐」説と縁のある地区。当地から出た上林巌は、ここは久止礼地区ともども大室一族を見張るための柳生忍者の隠れ里だったが明治維新後に穢多身分に落とされ、被差別部落とされるようになった、と主張している[59]。熊毛郡田布施町にあった熊毛郡麻郷村水平社に藤本姓の者がいた[60]。
〃 〃 久止礼 一五 六二 〃 〃 〃 熊毛郡 田布施町 麻郷 尾迫[61]
〃 田布施町 上田布施 田縫區 三 一三 〃 中 熊毛郡 田布施町 上田布施 田縫 時森姓3件。2000年電話帳。
〃 〃 下田布施 藏本區 四 三一 農業 植木、種子物商 〃 熊毛郡 田布施町 下田布施 蔵本
〃 〃 砂田 一〇 四二 牛馬商 石工 〃 熊毛郡 田布施町 下田布施 砂田
〃 〃 波野 長合區 五 二二 石工 馬車挽 〃 熊毛郡 田布施町 波野 長合 長合姓7件。2000年電話帳。
〃 城南村 宮井、時貞 サクラ 六 三八 農業 藁製品 下 熊毛郡 田布施町 宿井 時貞
〃 三輪村 赤迫 赤迫 六〇 三六〇 〃 日傭 〃 光市 三輪 赤迫 熊毛郡三輪村水平社に坂谷姓の者がいた[62]。松河姓4件。坂谷姓1件。2000年電話帳。
〃 室積町 室積村 瀬戸 二〇 一〇六 〃 編綱 〃 光市 室積村 瀬戸
〃 浅江村 髙洲 高洲 七六 二八七 農、出稼行商 〃 〃 光市 浅江 高州、浅江 緑町、浅江 川口(浅江六丁目と七丁目のほぼ全域) 詩人の丸岡忠雄や、猿回し芸人の村崎太郎[63][64]、解同から全解連に転じた村崎義正の出身地区。「山口県100部落のなかでも、最も貧しいといわれている」という[65]。「猿まわしの出た里は、高州(光市)、瀬戸山(光市)[66]、三輪(大和町)、麻郷(田布施町)、久原(周東町)、番力(下松市)[引用者注、おそらく香力の誤記]、久米(徳山市)、正重(徳山市)、樋口(熊毛町)である。いずれも未解放部落であり、藩政時代から血縁で堅く結ばれていた」[67]。村崎家はいずれの地区にも親戚があるとする。光市の高州地区に以下の姓の者がいた。国本、香西、田中、浜田、山県[68]。同地に高橋姓の者がいた[69]。同地に松本姓の者がいた[70]。九州出身で母の出身地[71]。沖本姓8件、花本姓8件、丸岡姓4件、村崎姓2件、香西姓1件、田中姓22件、浜田姓3件、山県姓1件、高橋姓12件、松本姓16件。2000年電話帳。
〃 高水村 樋口 辻堂 六七 二七〇 農業 行商、藁細工、日稼 〃 周南市 樋口 周南市にあった熊毛郡高水水平社に以下の姓の者がいた[72]。掛川、福田。福田姓3件。2000年電話帳。
〃 三丘村 茂橋 椎木峠 九 三六 〃 日稼 周南市 小松原筏場 三丘の読み方は「みつお」。山陽古道「相ノ見越」が小松原筏場で「椎木峠越」と合流している。GPS座標34.054264, 132.007936近辺にかかる橋が「筏場橋」もしくは「筏橋」。周南市にあった熊毛郡三丘村水平社に北山姓の者がいた[73]。北山姓2件。2000年電話帳。
〃 〃 安田下 椎木峠 二 九 〃 〃 周南市 安田 安田下 椎木峠そのものはGPS座標34.069044, 132.025025にある。なぜ茂橋(恐らく筏橋の誤記)と安田下の両地区が椎木峠から2-3キロ離れた場所にあるのかは不明。
〃 平生町 平生村 磯崎 磯崎 一一 二一 雑 下 熊毛郡 平生町 平生村
〃 周防町 小周防 虹川 山村 六 三三 農業 石割、日稼 下 光市 小周防 虹川
都濃郡 花岡村 末武中 東香力 六四 三三八 日稼、行商 製縄 〃 下松市 瑞穂町(の一部) 末武川に沿って下松市望町上香力、下松市瑞穂町中香力、下松市潮音町下香力、下松市潮音町南香力の地名が現存。
〃 〃 西香力 三八 一九五 〃 〃 〃 下松市 瑞穂町(の一部) 同上。
〃 〃 山根 二一 一一〇 〃 〃 〃 下松市 末武中 山根 周南市にあった都濃郡末武北水平社に倉本姓の者がいた[74]。倉本姓2件。2000年電話帳。

光市浅江の部落の範囲が点線で示されている。いわゆる高州地区だが、部落の範囲は浅江高州だけではなく、浅江緑町や浅江川口(浅江六丁目と七丁目のほぼ全域)を含むことがわかる。
234頁

備考
都濃郡 久米村 寺下、平川、藏光 寺下、平川、藏光 一五三 七八四 農、行商 藁細工、日傭 中 周南市 久米 寺下、蔵光 平川の位置は要調査。周南市平井集会所が周南市大字久米1260番地の4に存在するので平井の誤記の可能性あり。周南市久米の明教寺の住職に河野(こうの)姓の者がいた[75]。全日本同和会の女性部副部長に同地の大城姓の者がいた[76]。久米寺下に河野姓1件。久米蔵光に大城姓1件。2000年電話帳。
〃 須々万村 岡 二五 一三一 農業 製叭、製縄 〃 周南市 須々万本郷の一部 岡の位置は須々万本郷312の飛龍八幡宮の付近。周南市にあった都濃郡須々万水平社に藤本姓の者がいた[77]。藤本姓5件。2000年電話帳。
〃 〃 山根 一〇 四七 〃 〃 〃 周南市 須々万本郷 東和奈古
〃 中須村 中須 朴 一〇 三八 〃 日稼 下 周南市 中須南 朴
〃 室野村 鹿野下 下細野 一三 五二 〃 製縄 〃 周南市 鹿野下 細野 周南市にあった都濃郡鹿野水平社に永井姓の者がいた[78]。1932年に清水姓の者がいた[79]。
〃 長穂村 西山 西山 二三 一〇六 〃 行商、藁細工 中 周南市 長穂 西山 周南市にあった都濃郡長穂水平社に岡村姓の者がいた[80]。長穂に岡村姓3件。2000年電話帳。
〃 〃 下利 下利 一二 五八 〃 〃 〃 周南市 長穂 下利
〃 富田町 川崎 一〇六 五四一 〃 日稼、砂利採取 下 周南市 川崎 周南市にあった都濃郡富田町川崎水平社に以下の姓の者がいた[81]。秋本、原田、藤岡。同地の部落解放同盟川崎南支部に以下の姓の者がいた[82]。江村、福岡(広島県出身)。 原田姓4件、藤岡姓1件、江村姓4件、福岡姓1件。2000年電話帳。
〃 〃 久保地 一二 五八 〃 被稼 〃 周南市 富田川崎 字久保地
〃 夜市村 市 南向 八 五〇 〃 行商 〃 周南市 夜市
〃 戸田村 岡村 二六 一三〇 〃 行商、藁加工 中 周南市 戸田 岡村 周南市にあった都濃郡戸田水平社に池上姓の者がいた[83]。「都濃郡長曰く本郡戸田村の岡村部落民は總て岡村姓にして岡村姓なるものは皆直に部落民たることを標識するもの」[84]。周南市戸田岡村では、地名から全て岡村姓となった[84]。また、後に改姓が許可されている[84]。池上姓1件、岡村姓1件。2000年電話帳。後者は地名による明治新姓。
〃 徳山町 正重 二七八 八七五 〃 日稼 下 周南市 徳山 正重 都濃郡徳山水平社に藤井姓の者がいた[85]。
佐波郡 牟禮村 東遷喬 六六 三二三 〃 行商 上 防府市 江泊 東遷喬の位置は要調査。明治43年帝国陸軍測量の1/50000地形図によると、遷喬は現在の防府市大字江泊大内967の法輪寺の近辺。
〃 〃 西遷喬 四九 二三四 日稼 農業 下 防府市 江泊 西遷喬の位置は要調査。明治43年帝国陸軍測量の1/50000地形図によると、遷喬は現在の防府市大字江泊大内967の法輪寺の近辺。
〃 防府町 西佐波令 高畠 一六 七八 牛肉商、下駄、■、屑商 〃 防府市 中泉町 高畠の位置は要調査。
〃 〃 青井 一一 五〇 小間物商、靴商、日稼 〃 中 防府市 中泉町 青井の位置は要調査。
〃 右田村 下右田 船本 八五 四七九 商業 〃 下 防府市 下右田 防府市にあった山口県水平社右田支部に柴田姓の者がいた[86]。同地に國弘姓の者がいた[87]。國弘(くにひろ)は、旧字体では稀姓。新字体・旧字体ともに山口県が最多の姓。同地に防府市議となった沢田姓の者がいた[88]。

昭和38年度『同和地区実態調査報告書』(山口県防府市右田地区)冒頭。吉敷本橋地区は、現在の防府市下右田吉敷にあたる。

防府市大字江泊の遷喬地区付近を描いた古地図。

防府市下右田の大渡部落を描いた古地図。佐波川と思われる河川の西岸に「穢多村」らしき字が読み取れる。『全國部落調査』に記載のある船本部落と同じかどうかは要調査。
235頁

防府市佐野の佐野部落を描いた古地図。大崎川(佐波川)の南岸に泥江(現・防府市植松泥江)や植松(現・防府市植松)の地名が読み取れる。佐野部落が『全國部落調査』の向山部落と同じかどうかは要調査。

備考
佐波郡 右田村 佐野 向山 六六 三二一 商業 農業 下 防府市 佐野 向山
〃 島地村 島地 中村 三七 二一六 農業 牛馬商、日傭 中 山口市 徳地島地 中村
〃 〃 上村 西畑 九 四八 〃 行商 下 山口市 徳地上村 西畑 山口市にあった佐波郡島地村西畑水平社に藤本姓の者がいた[89]。1932年に澄田姓の者がいた[90]。藤本姓2件、澄田姓1件。2000年電話帳。
〃 八坂村 船路 下庄 八 三五 〃 藁仕事 中 山口市 徳地船路 下庄 山口市にあった佐波郡八坂村下庄水平社に藤本姓の者がいた[91]。藤本姓2件。2000年電話帳。
〃 〃 畠田 八 五二 〃 〃 下 山口市 徳地船路
吉敷郡 仁保村 仁保下郷 高松 七 三五 〃 〃 〃 山口市 仁保下郷 高松
〃 大内村 御堀 中川 一一 六二 〃 木灰買 〃 山口市 大内御堀 中川 防府市の大内地区に以下の姓の者がいた[92]。本多姓の著者は、姓は明治になってからつけたとする[92]。また、ハワイに移民を出しており、後に帰国した者もいた[92]。榎本、岡崎、河野、佐伯、沢村、下内、末富、澄田、竹本、谷本、田本、中村、波多野、広本、藤井、本多、松村、水尻、三原、村下、村中、森田、山県、山崎、山下、山根、山本、頼永(よりなが。愛知県安城市が最多の稀姓)。
〃 大歳村 坂東 坂東 五八 二八五 〃 日稼、藁細工 〃 山口市 朝田 坂東
〃 陶村 丸尾區 二一一 一〇九六 〃 行商、製叭 〃 山口市 陶 山口市にあった山口県水平社本部と陶支部に以下の姓の者がいた[93]。吉野、吉本。吉野姓3件、吉本姓2件、下枝姓3件、柳井姓5件。2000年電話帳。ユニクロの柳井正の祖父柳井周吉(牛馬商)の出身地区。部落解放同盟全国連合会陶支部長も柳井姓。
〃 東岐波村 前田 九二 五〇九 〃 藁工、土工 〃 宇部市 東岐波 前田 宇部市にあった吉敷郡東岐波水平社に以下の姓の者がいた[94]。池本、岩井、上田、島田。同地の部落解放全国委員会に大中姓の者がいた[95]。同地に嶋田姓の者がいた[96]。池本姓3件、上田姓5件、大中姓6件、嶋田姓1件。2000年電話帳。
〃 〃 太田 一八 八四 〃 〃 〃 宇部市 東岐波 大田 太田は大田の誤記。岩井姓2件。2000年電話帳。
厚狭郡 厚東村 棚井 棚井下 五〇 三〇二 〃 日稼、藁細工 〃 宇部市 棚井 棚井下 宇部市(旧:厚狭郡厚東村)出身の水平運動家に福島姓の者がいた[97]。同地に他に以下の姓の者がいた[98]。中川、谷岡、山下。福島姓なし、中川姓2件、谷岡姓8件、山下姓4件。2000年電話帳。
〃 小野村 西下小野 五七 二五三 〃 仲仕、行商 中 宇部市 小野 西下小野 1950年に小野湖が完成し、約19町歩と21戸が湖底に水没した[99]。
〃 〃 阿武瀬 二四 一三四 〃 〃 下 宇部市 小野 阿武瀬 宇部市にあった山口県水平社阿武瀬支部に川元姓の者がいた[100]。川元姓2件。2000年電話帳。
〃 船木町 眞名ヶ崎 五一 二二六 〃 日稼 下 宇部市 船木 真名ケ崎 宇部市にあった厚狭郡船木水平社に今本姓の者がいた[101]。1932年に三藤姓の者がいた[102]。今本姓3件。三藤姓1件。2000年電話帳。
〃 〃 逢坂 六 三二 〃 〃 中 宇部市 船木 逢坂
〃 〃 指月 一二 五四 〃 〃 下 宇部市 船木 指月

山口市にある問田村牧部落(俗称は角常。現・山口市大内問田)の地図。陰陽師の子孫の部落であり、伝承によると推古天皇の時代にさかのぼる歴史があるが[103]、『全國部落調査』には記載がないと思われる(ただし山口市大内問田は『全國部落調査』の山口市大内御堀中川と隣接しており、もともと同じ地区だった可能性がある)。
236頁

備考
厚狭郡 厚南村 上中野 七六 四九八 農業 行商、藁細工、日稼 中 宇部市 東須恵 上中野 宇部市にあった厚狭郡厚南水平社に藤村姓の者がいた[104]。藤村姓3件。2000年電話帳。
〃 〃 西割 (上中野ニ含マル) 四 二〇 〃 日稼 〃 宇部市 妻崎開作 西割
〃 厚狭町 山川 石丸區 三五 一五七 〃 藁細工 下 山陽小野田市 山川
〃 吉田村 吉田 午頭 三七 二〇〇 〃 竹箒製造 〃 下関市 吉田 牛頭 午頭は牛頭の誤記。別名、錦町。吉田水平社に重好姓の者がいた[105]。同地に以下の姓の者がいた[106]。上野、沖本、日(目の誤記か)、藤田。同地に森重姓の者がいた[107]。吉田吉田二区錦町に重好姓1件、上野姓2件。上野姓はまた吉田地方と吉田に各2件。沖本姓、日姓、目姓、森重姓なし。2000年電話帳。
豊浦郡 長府町 神ヶ浴 六五 三〇六 〃 編網 〃 下関市 長府中六波町 長府中六波町9-9に下関市役所中六波福祉館あり。旧長府町に存在する唯一の隣保館。
〃 阿川村 下明 野地 九 六三 〃 日傭 〃 下関市 豊北町大字阿川 野地
〃 粟野村 郷西下区 江立 二 八 日稼 〃 下関市 豊北町大字粟野 郷西下
〃 豊田中村 八通 上八通原 一九 一三三 農業 荷馬車 〃 下関市 豊田町大字中村 豊田中村水平社に坂枝姓の者がいた[108]。坂枝姓1件。2000年電話帳。
〃 〃 浮石 向市庭 五 二五 〃 〃 中 下関市 豊田町大字浮石 豊田浮石水平社に小池姓の者がいた[109]。小池姓4件。2000年電話帳。
〃 豊田下村 中村 天神坊 一二 五九 〃 行商 下 下関市 豊田町大字中村 豊田下村水平社に森本姓の者がいた[110]。同地に以下の姓の者がいた[111]。田中、八反(はったん。他に読みあり。岐阜県と宮崎県が最多の稀姓)。田中姓8件、八反姓1件。2000年電話帳。
〃 〃 阿座上 沖田 二四 一五七 〃 〃 〃 下関市 豊田町大字阿座上
〃 黒井村 黒井 沼 二〇 一〇一 〃 製縄 中 下関市 豊浦町大字黒井 沼
美弥郡 岩永村 岩永本郷 上水田 二七 一二七 〃 牛馬商、土工 下 美祢市 秋芳町岩永本郷 上水田 美祢市にあった美祢郡岩永水平社に下岡姓の者がいた[112]。1932年に溝部姓の者がいた[113]。岩永本郷に下岡姓2件、溝部姓1件。岩永本郷水田に溝部姓1件。2000年電話帳。
〃 伊佐町 小林區 五九 三〇八 〃 藁筵製造 〃 美祢市 伊佐町伊佐 小林 美祢市にあった美祢郡伊佐水平社に以下の姓の者がいた[114]。小川、柳井。
〃 〃 下万倉地区 小川区 六 三〇 〃 〃 〃 美祢市 伊佐町伊佐 下万倉地
〃 共和村 青景 鍛冶屋 四六 二四〇 〃 〃 〃 美祢市 秋芳町青景 鍛冶屋 全解連副委員長の山本利平は共和村生まれ[115]だが出身部落名は要調査。美祢市にあった美祢郡共和水平社に下岡姓の者がいた[116]。1932年に田中姓の者がいた[117]。秋芳町青景に下岡姓1件。2000年電話帳。
〃 〃 嘉方上郷 藏ヶ峠 二 一一 〃 〃 〃 美祢市 秋芳町嘉万 上郷

美弥郡 共和村 嘉万上郷 西ヶ浴 六 二〇 農業 藁菰 下 美祢市 秋芳町嘉万 上郷
大津郡 三隅村 隅中 廣田 二二 七六 商、農 〃 〃 長門市 三隅中 広田
〃 深川町 西深川 後ヶ迫 二八 一六〇 漁、商 日稼、農 中 長門市 西深川 後ケ迫 大津郡深川村水平社に以下の姓の者がいた[118]。上田、中村。同地に平木姓の者がいた[119]。平木姓1件。中村姓3件。2000年電話帳。
〃 〃 上川西区 御所原 五 三〇 牛馬商 藁細工 〃 長門市 西深川 上川西 上田姓9件。中村姓6件。2000年電話帳。
〃 日置村 向田 向田 二五 一三四 農業 竹皮、藁細工 〃 長門市 日置中 向田 山口県村水平社日置支部に中村姓の者がいた[120]。
阿武郡 篠生村 篠目 栖通 六 二〇 〃 牛馬商、日稼 下 山口市 阿東篠目
〃 生雲村 第六區 畑ヶ谷 五 二一 〃 牛馬商、竹細工 〃 山口市 山口市内に阿東生雲中、阿東生雲西分、阿東生雲東分がある。畑ヶ谷の位置は要調査。[121]
〃 〃 相 一〇 四四 〃 〃 〃 山口市 阿東生雲中 相上 地名の訓みは「あとういくもなか あいじょう」。山口市にあった阿武郡生雲水平社に井上姓の者がいた[122]。阿東生雲中相上に井上姓3件。2000年電話帳。[123]
〃 〃 長通 一 六 〃 〃 〃 山口市 山口市内に阿東生雲中、阿東生雲西分、阿東生雲東分がある。長通の位置は要調査。[124]
〃 地福村 曽根 八 四四 〃 竹細工 中 山口市 阿東地福上 地元のバス停に「曽根」がある。明治43年帝国陸軍測量の1/50000地形図によると現在の山口市阿東地福上1961のさくら小学校の付近。山口市にあった阿武郡地福水平社に石村姓の者がいた[125]。阿東地福上笠石に石村姓1件。2000年電話帳。
〃 〃 若林 二 七 〃 〃 〃 山口市 阿東地福下 明治43年帝国陸軍測量の1/50000地形図によると現在の山口市阿東地福下2316付近。
〃 〃 市井原 六 三五 〃 〃 〃 山口市 阿東地福上 地元に市井原交差点あり。
〃 德佐村 西村 一六 六八 〃 古物商 下 山口市 阿東徳佐下 西村 山口市にあった阿武郡徳佐水平社に本多姓の者がいた[126]。1932年に原田姓の者がいた[127]。
〃 〃 上宇津根 二 一二 〃 中 山口市 阿東徳佐中 上宇津根
〃 〃 亀山 一 四 日稼 下 山口市 阿東徳佐上 新田亀山
〃 〃 新田 一 六 〃 中 山口市 阿東徳佐上 新田亀山
〃 嘉年村 瀬戸 居板 一三 七六 〃 馬車挽、竹細工 下 山口市 阿東嘉年上 居板は居坂の誤記。山口市内に阿東嘉年上(西居坂)と阿東嘉年上(東居坂)がある。

備考

阿武郡 高俣村 高佐上 領家 八 五五 農業 行商 下 萩市 高佐上 領家 萩市にあった阿武郡高俣村水平社に以下の姓の者がいた[128]。岡本、藤本。同地に天野姓の者がいた[129]。天野姓1件。2000年電話帳。
〃 〃 高佐下 本郷 一二 七七 〃 毛皮、仲買 〃 萩市 高佐下 地元のバス停に「本郷」あり。
〃 吉部村 吉部上 宇立 二八 一二五 〃 竹細工、藁加工 〃 萩市 吉部上 宇立
〃 紫福村 下馬場 西ヶ畑 九 二四 〃 日稼 〃 萩市 大井 下馬場
〃 大井村 前松原 松原 一七 八六 〃 馬車挽 〃 萩市 大井 前松原 萩市にあった阿武郡大井村水平社に福田姓の者がいた[130]。福田姓なし。2000年電話帳。
〃 奈古村 下片 二三 一〇四 〃 養蚕、竹細工、藁加工 〃 阿武郡 阿武町 奈古 下片 阿武郡阿武町にあった阿武郡奈古水平社に筒井姓の者がいた[131]。阿武郡阿武町奈子下片に勝本姓の者がいた[132]。筒井姓2件。勝本姓2件。2000年電話帳。1981年5月18日付『解放新聞』によると全戸が部落解放同盟員。
〃 小川村 上小川東分 松ノ原 三 一八 〃 漁行商 中 萩市 上小川東分
〃 〃 霞 三 一六 〃 〃 〃 萩市 上小川東分
〃 〃 下小川 渡樋平 三 一一 〃 日稼 下 萩市 下小川
〃 田万崎村 下田万 コジ地 六 二五 〃 〃 〃 萩市 下田万
〃 〃 上田万 若宮 三 七 商業 農業 〃 萩市 上田万
〃 福川村 福井下 家永 一八 八六 農業 竹細工 下 萩市 福井下 萩市にあった阿武郡福川水平社に中村姓の者がいた[133]。中村姓6件。2000年電話帳。
〃 福賀村 福賀 西 六 二〇 〃 〃 〃 阿武郡 阿武町 福田下 福田下1365に阿武町役場福賀支所・福賀公民館がある。
〃 〃 福田下 迫 五 二一 〃 〃 阿武郡 阿武町 福田下
宇部市 上宇部 西舟太郎 一八六 九三六 〃 製縄、養兎 下 宇部市 上宇部
山口市 下宇野合 下羽坂 一八三 九五五 行商、日稼 農業 中 山口市 三和町 下宇野合は下宇野令の誤記。1965年に中讃井、下宇野令、矢原が三和町に改称。下羽坂は牢獄や屠場があった地区で椹野川の川原に位置する。現在の下宇野令は本調査当時の下宇野令とは範囲が異なる。本来は「西門前町のうしろ河原」にあったが、市街地の発展により、慶長の頃に現在地へ移転した[134]。針間姓3件。井藤姓2件。2000年電話帳。
萩市 椿東 前小畑第二区 六〇 二三五 農業 竹細工 〃 萩市 椿東 前小畑2区 萩市にあった萩町小畑水平社に以下の姓の者がいた[135]。泉、岡村。泉姓4件、岡村姓1件。2000年電話帳。

下羽坂村垣之内は現在の山口市三和町から山口市旭通り二丁目付近にあたる。

川上村山田組は現在の萩市川上川上山田にあたる。修験者の子孫の部落だが[136]『全國部落調査』に記載なし。
239頁

萩市 椿東 無田原區 一五 七〇 農業 下 萩市 椿東 無田ケ原
〃 山田 玉江第二区 六五 二七〇 〃 〃 萩市 山田 玉江二区 部落解放同盟山口県連の岩田利平は「この玉江地区には約90戸あるが、その一割くらいは一般地区の人と結婚している。昔はそんなことはなかった。」「でも息子から送られてくる手紙には絶対「玉江3区」とは書かれていない。」「自分が息子に手紙を送るときも、息子が気を使っているので「玉江3区」とは書けない。これが現実である。」と述べ、「山口県萩市山田玉江3区」が部落だと暴露している。[137]全解連副委員長だった山本利平の母ミヤの郷里で、利平自身もこの地区に育った[138]。萩市にあった萩町山田水平社に以下の姓の者がいた[139]。岩本(3人)、中村(2人)、藤井(6人)。萩市山田の玉江地区に以下の姓の者がいた[140]。岩田、大田、国広。岩本姓1件、中村姓と藤井姓と岩田姓と大田姓と国広姓なし。2000年電話帳。現在の同和改良住宅群の所在地である山田玉江三区には大田姓3件。藤井姓3件。岩本姓3件。2000年電話帳。
下関市 関後地村 久保 一二〇 六〇〇 沖仲仕 編綱 中 下関市 関後地村(せきうしろじむら)の範囲は現在の本町、園田、貴船、上田中、丸山、長崎、上新地。久保の位置は要調査。なお金賛汀『韓国併合百年と「在日」』71頁には、朝鮮人部落の描写として「下関では丸山町の光明寺山付近に部落を作って極端なる不潔と質素な生活」を送っていた、とある。なお丸山町出身の著名人に田中絹代がいるが、生家は富裕な呉服商で恐らく一般。
〃 大坪 字 甲田 九〇 四五〇 製靴、日稼 〃 下 下関市 春日町、中央町、東神田町 『法務年鑑』1968年版200頁によると当時は下関市東大坪町甲田と呼ばれ、下関刑務支所(現・下関拘置支所)があった。そのことから現在の春日町と判断できる。また、立地について「市道第1号線で南北に2分されている。一方は日用食品、雑貨類を販売する商店街で他方は斜面に密集する不良住宅群である。 しかもこの地区の西北部は1908年に設置された刑務所の高い壁に接している。また刑務所のすぐ東側には変電所がある」と山名伸作「山口県と鹿児島県の同和地区現地研修記」に記されている。このことから市道を隔てて春日町と南北に向き合っている中央町と東神田町も被差別部落の一部とわかる。
計八九 一五四 四四八四 二一七五一

※萩市今魚店町(大字)の女台場跡に近い古萩も下駄作りを生業としていた非人部落である[141]。萩市今魚店町(大字)北古萩2区か。ただし同和地区指定を返上し、他の部落との通婚関係もない[141]。

施設等

隣保館
宇部市隣保館厚南会館 - 山口県宇部市厚南北1丁目2番24号
宇部市隣保館上宇部会館 - 山口県宇部市中村2丁目6番15号
山口市山口隣保館 - 山口県山口市三和町3番1号
山口市陶ふれあいセンター - 山口県山口市陶4713番地1
萩市白水会館 - 山口県萩市大字山田4663番地12
周南市尚白園 - 山口県周南市新宿通6丁目1番25号
周南市東福祉館 - 山口県周南市大字久米1316番地の1
周南市川崎会館 - 山口県周南市川崎2丁目14番3号
周南市高水会館 - 山口県周南市大字原1番地の5
防府市宮市福祉センター - 山口県防府市本橋町16番3号
防府市石田福祉センター - 山口県防府市大字下右田1233番地
防府市牟礼福祉センター - 山口県防府市大字江泊1051の3番地
防府市玉祖福祉センター - 山口県防府市大字佐野513番地
下松市中村総合福祉センター - 山口県下松市瑞穂町4丁目3番12号
光市あさえふれあいセンター - 山口県光市浅江7丁目4番23号
光市三輪福祉会館 - 山口県光市大字三輪940番地1
柳井市西福祉センター - 山口県柳井市柳井4823番地2
周防大島町久賀福祉センター - 山口県大島郡周防大島町大字久賀996-1?
岩国市周東中央福祉会館 - 山口県岩国市周東町下久原1208番地1
岩国市周東南福祉会館 - 山口県岩国市周東町上久原1075番地2
山陽小野田市石丸総合館 - 山口県山陽小野田市大字山川345番2
田布施町麻郷福祉会館 - 山口県熊毛郡田布施町大字麻郷奥504番地4

小集落改良住宅

山口市
三和町改良住宅 - 山口市三和町2157番1
中村改良住宅 - 山口市徳地島地419番
畠田第1店舗付改良住宅 - 山口市徳地船路927番3
畠田第2店舗付改良住宅 - 山口市徳地船路952番
島地改良住宅 - 山口市徳地島地2123番
畠田改良住宅1号棟 - 山口市徳地船路964番6
畠田改良住宅2号棟 - 山口市徳地船路964番6
島地改良住宅3号棟 - 山口市徳地上村1365番1
三和町改良アパートA - 山口市三和町1701番5
島地改良住宅4号棟 - 山口市徳地上村1365番1
三和町改良アパートB - 山口市三和町1701番5
三和町改良簡二住宅 - 山口市三和町2145番1
三和町改良簡二住宅 - 山口市三和町2039番
三和町改良簡二住宅 - 山口市三和町2132番13
三和町改良簡二住宅 - 山口市三和町2132番13
三和町改良簡二住宅 - 山口市三和町1726番1
三和町改良簡二住宅 - 山口市三和町1726番1
三和町改良簡二住宅 - 山口市三和町1730番1
三和町改良簡二住宅 - 山口市三和町1743番
三和町改良簡二住宅 - 山口市三和町2135番2
三和町改良簡二住宅 - 山口市三和町2142番14
三和町改良簡二住宅 - 山口市三和町2146番1
三和町改良簡二住宅 - 山口市三和町2155番
三和町改良簡二住宅 - 山口市旭通り一丁目295番
三和町改良簡二住宅 - 山口市旭通り二丁目2090番
三和町改良簡二住宅 - 山口市旭通り二丁目2091番
三和町改良簡二住宅 - 山口市旭通り二丁目2094番
三和町改良簡二住宅 - 山口市旭通り二丁目2106番
三和町改良簡二住宅 - 山口市旭通り二丁目2107番
三和町改良アパートC - 山口市三和町1701番5
三和町改良簡二住宅 - 山口市三和町1743番
三和町改良簡二住宅 - 山口市三和町2017番1
三和町改良簡二住宅 - 山口市三和町2142番14
三和町改良簡二住宅 - 山口市三和町2157番3
宮ノ前改良住宅 - 山口市小郡新町三丁目3147番1
三和町改良簡二住宅 - 山口市三和町1番2
三和町改良簡二住宅 - 山口市三和町1690番
三和町改良簡二住宅 - 山口市三和町1737番第1
三和町改良簡二住宅 - 山口市三和町1737番第1
三和町改良簡二住宅 - 山口市三和町2142番49
三和町改良簡二住宅 - 山口市三和町2142番49
三和町改良簡二住宅 - 山口市三和町2145番1
三和町改良簡二住宅 - 山口市三和町2145番1
三和町改良簡二住宅 - 山口市三和町2053番
三和町改良簡二住宅 - 山口市三和町2057番2
三和町改良簡二住宅 - 山口市三和町1692番
三和町改良簡二住宅 - 山口市三和町1693番
三和町改良簡二住宅 - 山口市三和町2158番
三和町改良簡二住宅 - 山口市三和町2158番1

光市
高洲住宅 - 光市浅江七丁目4番
三輪中央住宅 - 光市大字三輪925番地2外

柳井市
柳井市営西浜住宅 - 柳井市神代1327番地
柳井市営西浜住宅 - 柳井市神代1310番地5

下関市
白雲台改良住宅 - 下関市上田中町八丁目
宝住宅 - 下関市宝町
熊野改良住宅 - 下関市大学町四丁目
竹崎改良住宅 - 下関市竹崎町二丁目 竹崎町三丁目 長崎町一丁目 長門町
長門改良住宅 - 下関市長門町
上条改良住宅 - 下関市上条町
西富改良住宅 - 下関市長崎町一丁目
春日改良住宅 - 下関市春日町
東神田改良住宅 - 下関市東神田町
中央改良住宅 - 下関市中央町
東大和改良住宅 - 下関市東大和町二丁目
長府八幡改良住宅 - 下関市長府八幡町
中六波小集落改良住宅 - 下関市長府中六波町(下関市長府中六波町8-23近辺に6棟のニコイチがあり、住民の一人は兼重姓で下関水平社の兼重弥助と同姓)

萩市
山口県萩市山田玉江3区の二戸一住宅群(97世帯)も同和改良住宅であり、1949年から1980年まで建設が続けられた[141]。それまでは築100年以上の老朽家屋の密集地であった[141]。

岩国市
山口県岩国市周東町下久原1071-2付近の1階建ての集合住宅群も同和住宅の可能性が高い。要調査。

関連団体
阿武郡萩町山田水平社 中村秀治・岩本桝吉・岩本久雄・岩本庄之助・藤井貞三・藤井福治郎・中村勝五郎・藤井甚右衛門・藤井俊雄・藤井義人[142]
大島郡久賀町水平社 土井政一・堀脇初太郎・土井重太郎・土井若松・前崎順一・前崎福治郎・前崎留佐・植元竹治郎・前崎由太郎[142]
吉敷郡東岐波水平社 岩井宇仲蔵・上田菊三郎・池本儀三郎・島田勇[142]
厚狭郡船木水平社 今本甚太郎[142]
大津郡大津水平社 沖村栄太郎・山県清一[142]
阿武郡萩町小畑水平社 泉利七・岡村伍一[142]
豊浦郡西市水平社 井藤井[142]
豊浦郡小月水平社 上田新一・竹中貞一[142]
豊浦郡豊田村八道水平社[142]
宇部市水平社 博多屋牛肉店[143]・金藤滋・藤村喜助・田村仙[142]
熊毛郡高水村水平社 掛川太作・福田平吉[142]
阿武郡高俣村水平社 岡本清一・藤本数馬[142]
都濃郡富田町川崎水平社 藤岡広三郎・原田兵一・秋本敏雄[142]
下関水平社 岩本平治・兼重弥助[142]
玖珂郡高森村梅林水平社 道村松右衛門・清水平次郎[142]
玖珂郡高森村連福水平社 野島伊助・浮島頼義・松田算・村田丈一・片岡伍作・岡本哲男・中嶋額事[142]
玖珂郡岩国関戸水平社 藤岡伊三雄・藤岡仙右衛門・山本晋一・山本基輔・藤島喜太郎・藤本熊太郎[142]
大津郡深川村水平社 中村喜三・上田敬三郎[142]
阿武郡大井村水平社 福田幸吉[142]
阿武郡奈古水平社 筒井藤七[142]
阿武郡福川村 中村友右衛門[142]
阿武郡生雲 井上光治郎[142]
阿武郡高俣村 天野俊輔[142]
阿武郡地福水平社 石村辻雄[142]
佐波郡八坂村下庄水平社 藤本末吉[142]
佐波郡島地村西畑水平社 藤本政一[142]
佐波郡中関村水平社 西藤静喜[142]
吉敷郡山口水平社 井藤伝太郎[142]
厚狭郡厚南水平社 藤村甚五郎[142]
厚狭郡小野水平社 松本房吉[142]
厚狭郡小野村阿武瀬水平社 川本[144]松太郎[142]
厚狭郡吉田水平社 重好大吉[142]
厚狭郡出合水平社 中石静[142]
美禰郡伊佐水平社 柳井辰治郎[142]
美禰郡岩永水平社 下岡元八[142]
美禰郡共和水平社 下岡喜一[142]
豊浦郡豊田中村水平社 坂枝利左衛門[142]
豊浦郡豊田下村水平社 森本利作[142]
豊浦郡豊田浮石水平社 小池堅一[142]
都濃郡徳山水平社 藤井峯吉[142]
都濃郡鹿野水平社 永井松一[142]
都濃郡長穂水平社 岡村幸作[142]
都濃郡須々万水平社 藤本佐一[142]
都濃郡戸田水平社 池上岩之進[142]
都濃郡末武北水平社 倉本教治郎[142]
玖珂郡柳井水平社 住出若松[142]
玖珂郡玖珂村水平社 岡崎松右衛門[142]
玖珂郡玖珂村字柳井田 重村健一[142]
玖珂郡米川村水平社 中原博人[142]
熊毛郡三輪村水平社 坂谷孫太郎[142]
熊毛郡麻郷村水平社 藤本峯吉[142]
熊毛郡三丘村水平社 北山金一[142]
部落解放同盟山口県連合会 - 山口県山口市中央1-5-3
部落解放同盟岩国支部 - 山口県岩国市中津町3-7-9
部落解放同盟岩国支部 - 山口県岩国市山手町4-4-20
部落解放同盟徳地支部 - 山口県山口市徳地船路424-1
部落解放同盟新南陽支部
部落解放同盟柳井支部
部落解放同盟上関支部
部落解放同盟下松支部
部落解放同盟周南支部
部落解放同盟山口支部
部落解放同盟宇部支部
部落解放同盟山陽支部
部落解放同盟萩支部
山口県人権連 - 山口県山口市楠木町6-2 第3信和ビル201
山口県人権連岩国支部
山口県人権連光支部
山口県人権連防府支部
山口県人権連宇部支部
山口県人権連下関支部
山口県人権連大畠支部[145] - 山口県柳井市
山口県同和会 - 山口県山口市駅通り2丁目7-18
山口県同和会防府支部
山口県同和会萩支部
全日本同和会山口県連合会 - 山口県山口市小郡下郷1279番地の17
部落解放同盟全国連合会陶支部
部落解放同盟全国連合会宇部支部

教育集会所
光市若竹集会所 - 光市浅江七丁目4番23号
光市虹川集会所 - 光市大字小周防907番地
光市汐浜集会所 - 光市室積六丁目17番27号
光市昭和会館 - 光市室積五丁目10番12号
光市三輪集会所 - 光市大字岩田998番地3
右田会館 - 防府市大字下右田一、二三七番地
北山手会館 - 防府市大字田島二一六四番地
大日会館 - 防府市大字高井八八六番地の八
下松市荒神集会所 - 下松市大字末武中字荒神989番地
後ケ迫集会所 - 長門市西深川359番7
向田集会所 - 長門市日置中3133番地3
周南市御山集会所 - 周南市御山町2番13号
周南市西殿木原集会所 - 周南市大字須々万本郷435番地の1
周南市平井集会所 - 周南市大字久米1260番地の4
周南市明石集会所 - 周南市川崎三丁目11番34号
中久宗教育集会所 - 岩国市周東町上久原150-2

人権啓発センター
山口県人権啓発センター - 山口市吉敷下東2-4-7

出典
1.元の位置に戻る ↑ 田子一民「特殊部落の改善」(『近代部落史資料集成』第5巻306頁)
2.元の位置に戻る ↑ 山名伸作「山口県と鹿児島県の同和地区現地研修記」
3.元の位置に戻る ↑ 山名伸作「山口県と鹿児島県の同和地区現地研修記」
4.元の位置に戻る ↑ 三輪為一「旧萩藩における社会階級について」
5.元の位置に戻る ↑ 『防長風土注進案』
6.元の位置に戻る ↑ 留岡幸助「特種部落と其人口」(『人道』69号所収、1911年刊。1907年調査)
7.元の位置に戻る ↑ 田子一民「特殊部落の改善」(『近代部落史資料集成』第5巻308頁)
8.元の位置に戻る ↑ 内務省社会局「全国部落統計表」(内務省社会局『部落改善の概況』所収、1922年刊。1921年調査)
9.元の位置に戻る ↑ 帝国地方行政学会『地方行政年鑑』1922年(『近代部落史資料集成』第10巻6-7頁)
10.元の位置に戻る ↑ 『部落問題・水平運動資料集成』第2巻401頁掲載、山口地方裁判所検事局『山口地方裁判所管内の社会運動の概況』所収「山口県『水平問題』」
11.元の位置に戻る ↑ 中央融和事業協会『全国部落調査』(1936年刊。1935年調査)
12.元の位置に戻る ↑ 同和奉公会『産業調査報告」(1943年刊。1942年調査)
13.元の位置に戻る ↑ 厚生省よりGHQ民間情報教育局に提出された報告(『資料・占領期の部落問題』所収、1991年刊)
14.元の位置に戻る ↑ 厚生省社会局「同和対策要望事項調査」(厚生省『同和行政の手引き』所収、1961年刊行。1958年調査)
15.元の位置に戻る ↑ 内閣総理大臣官房審議室『全国同和地区実態調査結果』(1968年刊。1963年調査および1967年調査)
16.元の位置に戻る ↑ 内閣総理大臣官房審議室『全国同和地区実態調査結果』(1968年刊。1963年調査および1967年調査)
17.元の位置に戻る ↑ 内閣総理大臣官房審議室『全国同和地区調査結果の概要』(1972年刊。1971年調査)
18.元の位置に戻る ↑ 総理府内閣総理大臣官房同和対策室『全国同和地区調査結果の概要』(1976年刊。1975年調査)
19.元の位置に戻る ↑ 山名伸作「山口県と鹿児島県の同和地区現地研修記」
20.元の位置に戻る ↑ 総務庁地域改善対策室『昭和60年度地域啓発等実態把握―生活実態把握報告書―』(1987年刊。1985年調査)
21.元の位置に戻る ↑ 総務庁地域改善対策室『平成5年度同和地区実態把握等調査―地区概況調査報告書―(統計表編)』 (1995年刊。1993年調査)
22.元の位置に戻る ↑ 『防長水平』(防長水平出版部、1924『初期水平運動資料集(復刻版)』(不二出版、1989)所収)
23.元の位置に戻る ↑ 『防長水平』(防長水平出版部、1924『初期水平運動資料集(復刻版)』(不二出版、1989)所収)
24.元の位置に戻る ↑ 『部落問題・水平運動資料集成』補巻1、818-819頁
25.元の位置に戻る ↑ 『防長水平』(防長水平出版部、1924『初期水平運動資料集(復刻版)』(不二出版、1989)所収)
26.元の位置に戻る ↑ 『部落問題・水平運動資料集成 第1巻』(渡部徹、秋定嘉和編、三一書房、1973)
27.元の位置に戻る ↑ 『防長水平』(防長水平出版部、1924『初期水平運動資料集(復刻版)』(不二出版、1989)所収)
28.元の位置に戻る ↑ 大地が大池の誤記なら長門市油谷新別名字大池にあたる可能性。
29.元の位置に戻る ↑ 『部落問題・水平運動資料集成 第1巻』(渡部徹、秋定嘉和編、三一書房、1973)
30.元の位置に戻る ↑ 『防長水平』(防長水平出版部、1924『初期水平運動資料集(復刻版)』(不二出版、1989)所収)
31.元の位置に戻る ↑ 『部落問題・水平運動資料集成 第1巻』(渡部徹、秋定嘉和編、三一書房、1973)
32.元の位置に戻る ↑ 『部落問題・水平運動資料集成 第1巻』(渡部徹、秋定嘉和編、三一書房、1973)
33.元の位置に戻る ↑ 『部落問題・水平運動資料集成 第1巻』(渡部徹、秋定嘉和編、三一書房、1973)
34.元の位置に戻る ↑ 『防長水平』(防長水平出版部、1924『初期水平運動資料集(復刻版)』(不二出版、1989)所収)
35.元の位置に戻る ↑ 『部落問題・水平運動資料集成 第1巻』(渡部徹、秋定嘉和編、三一書房、1973)
36.元の位置に戻る ↑ 『藩領の歴史地理─萩藩─』148-149頁
37.元の位置に戻る ↑ 沖浦和光『竹の民俗誌: 日本文化の深層を探る』26頁
38.元の位置に戻る ↑ 石川清『津山三十人殺し 七十六年目の真実: 空前絶後の惨劇と抹殺された記録』
39.↑ 以下の位置に戻る: 39.0 39.1 『日本の裏歴史をゆく 歩けばわかる日本ノリアル。』(大洋図書、2016年)所載「現代の八つ墓村事件、『村八分』は本当にあったのか…?」
40.元の位置に戻る ↑ 山口市徳地船路927,952,964番地に「畠田改良住宅」がある。
41.元の位置に戻る ↑ 田子一民「特殊部落の改善」(『近代部落史資料集成』第5巻303頁)
42.元の位置に戻る ↑ 『融和運動の史的分析 山口県融和運動の歴史』(布引敏雄、明石書店、1989)
43.元の位置に戻る ↑ 『防長水平』(防長水平出版部、1924『初期水平運動資料集(復刻版)』(不二出版、1989)所収)
44.元の位置に戻る ↑ 『防長水平』(防長水平出版部、1924『初期水平運動資料集(復刻版)』(不二出版、1989)所収)
45.元の位置に戻る ↑ 『防長水平』(防長水平出版部、1924『初期水平運動資料集(復刻版)』(不二出版、1989)所収)
46.元の位置に戻る ↑ 『部落問題・水平運動資料集成 第1巻』(渡部徹、秋定嘉和編、三一書房、1973)
47.元の位置に戻る ↑ 『社会改善公道(覆刻)』(西播地域皮多村文書研究会編、西播地域皮多村文書研究会、1984)
48.元の位置に戻る ↑ 『社会改善公道(覆刻)』(西播地域皮多村文書研究会編、西播地域皮多村文書研究会、1984)
49.元の位置に戻る ↑ 『社会改善公道(覆刻)』(西播地域皮多村文書研究会編、西播地域皮多村文書研究会、1984)
50.元の位置に戻る ↑ 『明治之光(複製版)』(兵庫部落問題研究所編、兵庫部落問題研究所、1977)
51.元の位置に戻る ↑ 『防長水平』(防長水平出版部、1924『初期水平運動資料集(復刻版)』(不二出版、1989)所収)
52.元の位置に戻る ↑ 『藩領の歴史地理─萩藩─』139頁
53.元の位置に戻る ↑ 『防長水平』(防長水平出版部、1924『初期水平運動資料集(復刻版)』(不二出版、1989)所収)
54.元の位置に戻る ↑ 『防長水平』(防長水平出版部、1924『初期水平運動資料集(復刻版)』(不二出版、1989)所収)
55.元の位置に戻る ↑ 『部落問題・水平運動資料集成 第1巻』(渡部徹、秋定嘉和編、三一書房、1973)
56.元の位置に戻る ↑ 『防長水平』(防長水平出版部、1924『初期水平運動資料集(復刻版)』(不二出版、1989)所収)
57.元の位置に戻る ↑ 『防長水平』(防長水平出版部、1924『初期水平運動資料集(復刻版)』(不二出版、1989)所収)
58.元の位置に戻る ↑ 太田龍『長州の天皇征伐: 日本の“悲劇”はすべてここから始まった』51頁
59.元の位置に戻る ↑ 太田龍『長州の天皇征伐: 日本の“悲劇”はすべてここから始まった』51頁
60.元の位置に戻る ↑ 『防長水平』(防長水平出版部、1924『初期水平運動資料集(復刻版)』(不二出版、1989)所収)
61.元の位置に戻る ↑ 太田龍『長州の天皇征伐: 日本の“悲劇”はすべてここから始まった』51頁
62.元の位置に戻る ↑ 『防長水平』(防長水平出版部、1924『初期水平運動資料集(復刻版)』(不二出版、1989)所収)
63.元の位置に戻る ↑ 『現地ルポ 〝プロ同和〟村﨑太郎が語らざる共産党・人権連の不都合な関係』(同和と在日2011/1、示現舎)
64.元の位置に戻る ↑ Vol.0043 猿まわし芸人・村崎太郎と被災地と被差別部落を歩く (下) :: 藤井誠二公式メールマガジン 『The Interviews High (インタビューズハイ)』 :: 有料メルマガ配信サービス「フーミー」 「山口県光市高洲が自分のムラだった」
65.元の位置に戻る ↑ 東上高志『移行期の部落を行く』38頁
66.元の位置に戻る ↑ ここに挙げられた地区名の中で唯一『全國部落調査』に記載がない。「光市瀬戸山」の地名は現存せず、現在位置は要調査。柳井市神代に瀬戸山公園や瀬戸山墓地があるため「柳井市瀬戸山」の誤記の可能性もある。
67.元の位置に戻る ↑ 『猿まわし上下ゆき』(村崎義正、筑摩書房、1983)
68.元の位置に戻る ↑ 『高州解放運動の歩み』(村崎義正、部落問題研究所出版部、1977)
69.元の位置に戻る ↑ 『ひとすじの道 解放と連帯を求めて40年』(村崎勝利、2001)
70.元の位置に戻る ↑ 『解放の道 1973年8月25日号』(解放の道新聞社)
71.元の位置に戻る ↑ 『解放の道 1973年8月25日号』(解放の道新聞社)
72.元の位置に戻る ↑ 『防長水平』(防長水平出版部、1924『初期水平運動資料集(復刻版)』(不二出版、1989)所収)
73.元の位置に戻る ↑ 『防長水平』(防長水平出版部、1924『初期水平運動資料集(復刻版)』(不二出版、1989)所収)
74.元の位置に戻る ↑ 『防長水平』(防長水平出版部、1924『初期水平運動資料集(復刻版)』(不二出版、1989)所収)
75.元の位置に戻る ↑ 『融和運動の史的分析 山口県融和運動の歴史』(布引敏雄、明石書店、1989)
76.元の位置に戻る ↑ 『全日本同和会幹部研修会 平成19年度』(全日本同和会、2008)
77.元の位置に戻る ↑ 『防長水平』(防長水平出版部、1924『初期水平運動資料集(復刻版)』(不二出版、1989)所収)
78.元の位置に戻る ↑ 『防長水平』(防長水平出版部、1924『初期水平運動資料集(復刻版)』(不二出版、1989)所収)
79.元の位置に戻る ↑ 『部落問題・水平運動資料集成 第1巻』(渡部徹、秋定嘉和編、三一書房、1973)
80.元の位置に戻る ↑ 『防長水平』(防長水平出版部、1924『初期水平運動資料集(復刻版)』(不二出版、1989)所収)
81.元の位置に戻る ↑ 『防長水平』(防長水平出版部、1924『初期水平運動資料集(復刻版)』(不二出版、1989)所収)
82.元の位置に戻る ↑ 『解放新聞 1988年7月11日号』(解放新聞社)
83.元の位置に戻る ↑ 『防長水平』(防長水平出版部、1924『初期水平運動資料集(復刻版)』(不二出版、1989)所収)
84.↑ 以下の位置に戻る: 84.0 84.1 84.2 『社会改善公道(覆刻)』(西播地域皮多村文書研究会編、西播地域皮多村文書研究会、1984)
85.元の位置に戻る ↑ 『防長水平』(防長水平出版部、1924『初期水平運動資料集(復刻版)』(不二出版、1989)所収)
86.元の位置に戻る ↑ 『部落問題・水平運動資料集成 第1巻』(渡部徹、秋定嘉和編、三一書房、1973)
87.元の位置に戻る ↑ 『明治之光(複製版)』(兵庫部落問題研究所編、兵庫部落問題研究所、1977)
88.元の位置に戻る ↑ 『ふるさとの今昔』(本多幸助、1983)
89.元の位置に戻る ↑ 『防長水平』(防長水平出版部、1924『初期水平運動資料集(復刻版)』(不二出版、1989)所収)
90.元の位置に戻る ↑ 『部落問題・水平運動資料集成 第1巻』(渡部徹、秋定嘉和編、三一書房、1973)
91.元の位置に戻る ↑ 『防長水平』(防長水平出版部、1924『初期水平運動資料集(復刻版)』(不二出版、1989)所収)
92.↑ 以下の位置に戻る: 92.0 92.1 92.2 『ふるさとの今昔』(本多幸助、1983)
93.元の位置に戻る ↑ 『部落問題・水平運動資料集成 第1巻』(渡部徹、秋定嘉和編、三一書房、1973)
94.元の位置に戻る ↑ 『防長水平』(防長水平出版部、1924『初期水平運動資料集(復刻版)』(不二出版、1989)所収)
95.元の位置に戻る ↑ 『同和運動の歩み』(柳井政雄、同和会山口県連合会編、全日本同和会山口県連合会、1992)
96.元の位置に戻る ↑ 『解放の道 1976年7月25日号』(解放の道新聞社)
97.元の位置に戻る ↑ 『部落問題事典』(部落解放研究所編、部落解放研究所、1986)
98.元の位置に戻る ↑ 『部落問題・水平運動資料集成 第1巻』(渡部徹、秋定嘉和編、三一書房、1973)
99.元の位置に戻る ↑ 『藩領の歴史地理─萩藩─』135頁。
100.元の位置に戻る ↑ 『防長水平』(防長水平出版部、1924『初期水平運動資料集(復刻版)』(不二出版、1989)所収)
101.元の位置に戻る ↑ 『防長水平』(防長水平出版部、1924『初期水平運動資料集(復刻版)』(不二出版、1989)所収)
102.元の位置に戻る ↑ 『部落問題・水平運動資料集成 第1巻』(渡部徹、秋定嘉和編、三一書房、1973)
103.元の位置に戻る ↑ 『藩領の歴史地理─萩藩─』142頁
104.元の位置に戻る ↑ 『防長水平』(防長水平出版部、1924『初期水平運動資料集(復刻版)』(不二出版、1989)所収)
105.元の位置に戻る ↑ 『防長水平』(防長水平出版部、1924『初期水平運動資料集(復刻版)』(不二出版、1989)所収)
106.元の位置に戻る ↑ 『部落問題・水平運動資料集成 第1巻』(渡部徹、秋定嘉和編、三一書房、1973)
107.元の位置に戻る ↑ 『近代部落史資料集成 第9巻』(秋定嘉和、大串夏身編、三一書房、1985)
108.元の位置に戻る ↑ 『防長水平』(防長水平出版部、1924『初期水平運動資料集(復刻版)』(不二出版、1989)所収)
109.元の位置に戻る ↑ 『防長水平』(防長水平出版部、1924『初期水平運動資料集(復刻版)』(不二出版、1989)所収)
110.元の位置に戻る ↑ 『防長水平』(防長水平出版部、1924『初期水平運動資料集(復刻版)』(不二出版、1989)所収)
111.元の位置に戻る ↑ 『部落問題・水平運動資料集成 第1巻』(渡部徹、秋定嘉和編、三一書房、1973)
112.元の位置に戻る ↑ 『防長水平』(防長水平出版部、1924『初期水平運動資料集(復刻版)』(不二出版、1989)所収)
113.元の位置に戻る ↑ 『部落問題・水平運動資料集成 第1巻』(渡部徹、秋定嘉和編、三一書房、1973)
114.元の位置に戻る ↑ 『防長水平』(防長水平出版部、1924『初期水平運動資料集(復刻版)』(不二出版、1989)所収)
115.元の位置に戻る ↑ 『気骨の人・山本利平』(尾崎勇喜、杉尾敏明、文理閣、1979)
116.元の位置に戻る ↑ 『防長水平』(防長水平出版部、1924『初期水平運動資料集(復刻版)』(不二出版、1989)所収)
117.元の位置に戻る ↑ 『部落問題・水平運動資料集成 第1巻』(渡部徹、秋定嘉和編、三一書房、1973)
118.元の位置に戻る ↑ 『防長水平』(防長水平出版部、1924『初期水平運動資料集(復刻版)』(不二出版、1989)所収)
119.元の位置に戻る ↑ 『部落問題・水平運動資料集成 第1巻』(渡部徹、秋定嘉和編、三一書房、1973)
120.元の位置に戻る ↑ 『部落問題・水平運動資料集成 第1巻』(渡部徹、秋定嘉和編、三一書房、1973)
121.元の位置に戻る ↑ 西田彦一著「入会林野と周辺社会 その史的展開」70頁に地名の記述あり。
122.元の位置に戻る ↑ 『防長水平』(防長水平出版部、1924『初期水平運動資料集(復刻版)』(不二出版、1989)所収)
123.元の位置に戻る ↑ 西田彦一著「入会林野と周辺社会 その史的展開」70頁に地名の記述あり。
124.元の位置に戻る ↑ 西田彦一著「入会林野と周辺社会 その史的展開」70頁に地名の記述あり。
125.元の位置に戻る ↑ 『防長水平』(防長水平出版部、1924『初期水平運動資料集(復刻版)』(不二出版、1989)所収)
126.元の位置に戻る ↑ 『防長水平』(防長水平出版部、1924『初期水平運動資料集(復刻版)』(不二出版、1989)所収)
127.元の位置に戻る ↑ 『部落問題・水平運動資料集成 第1巻』(渡部徹、秋定嘉和編、三一書房、1973)
128.元の位置に戻る ↑ 『防長水平』(防長水平出版部、1924『初期水平運動資料集(復刻版)』(不二出版、1989)所収)
129.元の位置に戻る ↑ 『防長水平』(防長水平出版部、1924『初期水平運動資料集(復刻版)』(不二出版、1989)所収)
130.元の位置に戻る ↑ 『防長水平』(防長水平出版部、1924『初期水平運動資料集(復刻版)』(不二出版、1989)所収)
131.元の位置に戻る ↑ 『防長水平』(防長水平出版部、1924『初期水平運動資料集(復刻版)』(不二出版、1989)所収)
132.元の位置に戻る ↑ 『解放新聞 1981年5月18日』(解放新聞社)
133.元の位置に戻る ↑ 『防長水平』(防長水平出版部、1924『初期水平運動資料集(復刻版)』(不二出版、1989)所収)
134.元の位置に戻る ↑ 『藩領の歴史地理─萩藩─』150頁
135.元の位置に戻る ↑ 『防長水平』(防長水平出版部、1924『初期水平運動資料集(復刻版)』(不二出版、1989)所収)
136.元の位置に戻る ↑ 『藩領の歴史地理─萩藩─』143頁
137.元の位置に戻る ↑ y-kaihou.jp/wpmu/news/files/kaihoushinbun0711.pdf
138.元の位置に戻る ↑ 『気骨の人・山本利平』9頁
139.元の位置に戻る ↑ 『防長水平』(防長水平出版部、1924『初期水平運動資料集(復刻版)』(不二出版、1989)所収)
140.元の位置に戻る ↑ 『解放新聞 1981年4月27日号』(解放新聞社)
141.↑ 以下の位置に戻る: 141.0 141.1 141.2 141.3 『解放新聞』1981年4月27日「山口県の部落で 1」
142.↑ 以下の位置に戻る: 142.00 142.01 142.02 142.03 142.04 142.05 142.06 142.07 142.08 142.09 142.10 142.11 142.12 142.13 142.14 142.15 142.16 142.17 142.18 142.19 142.20 142.21 142.22 142.23 142.24 142.25 142.26 142.27 142.28 142.29 142.30 142.31 142.32 142.33 142.34 142.35 142.36 142.37 142.38 142.39 142.40 142.41 142.42 142.43 142.44 142.45 142.46 142.47 142.48 142.49 142.50 142.51 『部落問題・水平運動資料集成』補巻1、818-819頁
143.元の位置に戻る ↑ 博多屋精肉店が宇部市新天町1丁目3に現存。
144.元の位置に戻る ↑ 『防長水平』(防長水平出版部、1924『初期水平運動資料集(復刻版)』(不二出版、1989)所収)では川元となっている。
145.元の位置に戻る ↑ 役員に以下の姓の者がいた。田川、西元、藤田、村本。『解放の道 1977年2月5日号』(解放の道新聞社)より。

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このページの最終更新日時は 2018年1月13日 (土) 21:51 です。

韓国の議員は前科者だらけ・・・・・別にどうということも|こりあうぉっちんぐ
https://ameblo.jp/nobody0728/entry-11874160559.html
2014/06/09 - 2014/6/8 中央日報<韓国統一選>前科ありの当選者3倍に…前科9犯も4人 6月4日に行われた統一地方選挙で、光州(クァンジュ)広域市議会議員に当選した朴三用(パク・サムヨン)氏。彼は1995年の地方選挙実施以降、光州でセヌリ党候補として初めて当選し話題だ。中選挙区である光山区(クヮンサング)カ選挙区から出馬し新政治民主連合の候補に続き2位を占めた。彼は前科9犯だ。今回の統一地方選挙で4000人に達する当選者のうち最も多い犯罪履歴だ。罪目も多様だ。暴力、売春行為 ...
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